1:あるエージェントの日記 | ナノ
1:あるエージェントの日記

『あるエージェントの日記』

3月×日
 パルデアの大穴に潜入してから一ヶ月が経った。相変わらず第一層は夜でも日の光が照り付ける白夜の場所で、下層部分は反対に光の届かない永遠の夜のような場所だ。第一層にソーラーパネルを置いたらエネルギー問題も解決するかもしれない。
 仕事柄どこにいても生活リズムを崩さないように暮らせるが、かつてこの大穴を調査に来た調査隊は大変だっただろう。
 情報に関してはパルデア中で仕入れた噂通り、ここでタイムマシンを製作していると見て間違いない。使用用途は不明だが、三分後に移動して出来たて熱々の即席麺でも食べるくらいの平和な活用法である事を願うしかない。


7月◎日
 初めて「ツバサノオウ」に出会えた!モトトカゲの太古の姿、もとい先祖にあたるポケモンと聞いて一目見てみたいと思っていたところ、普段供物を捧げる役が体調不良で急遽役が回ってきたのである。
 結論から言うと、彼は哀れな傀儡でしかなかった。幼い頃から大穴の神として洗脳を受け、善悪の分からないまま育った彼は自らを現人神と称し、終始こちらを見下した態度を取り続けた。
 彼にとっては大穴の世界が全てであり、自身のように太古から連れ込まれたポケモン達には慈愛と敬意を向けるが、現代のポケモンは異端者として差別対象にあるらしい。あまりの極端さに最早哀れみしか感じなかった。美しい赤い鱗もカラフルな翼も、彼には勿体無い。
 いや、彼が可哀想なのは勿論だが、物心ついた時からこの環境で育ってしまった事が悲劇なのだ。だが両親を知らず、施設で荒波に揉まれて育った私が辛うじてマトモに生きられたように、まだ挽回できるチャンスはあるはず。彼が大穴以外の広い世界を知り、変わってくれれば良いのだが、そんな夢物語は叶うだろうか?


8月△日
 タイムマシンの実験台として、外から十数人の子供達が連れ込まれる。
 皆潰れた施設であぶれた子、路上で暮らしていた子等所謂「誰からも必要とされてない子供」だ。現在はまだ子供くらいの質量を転送する技術しかないため、いかにも好都合な人材である。私はそんな彼らを第一層からラボまで案内する役で、ラボに入った後の姿は見ていない。
 実のところ、彼らの絶望や恐怖、不安、ないし好奇心に満ちた瞳を見ると子供時代を思い出してやるせなくなる。しかし仕事である以上感情は抑えなければならない。
 今日の夕飯は久しぶりにミガルーサの切り身のムニエルだった。地上が恋しい。


8月○日
 あれ程合理的に遂行すると決めていたのに、今日連れ込まれた子供に情念を抱いてしまうとは。
 その子供は4歳のニャオハの女児で、第一層まで来た母親から不躾に渡されたのである。「いらないから、引き取ってくれ」の言葉と共に。
 衝撃的だった。こう言った場面は何度も見てきたが、エルメスがいて、近いうち生まれるウォルターがいる今は冷静に聞き流せなかった。様々な理由で子を疎む母はいる、しかし命をぞんざいに扱う事は許されない。母親はある貴族の使用人で、主人と色々あって今に至ると話していた。少女の末路が太古か未来で野垂れ死ぬ姿を想像し胸が痛んだ。
 私はこれから何が起きるか分かってないかのように無邪気な少女にお守りを渡した。パルデアにたどり着いてからこのペンダントに写る女神が支えだったが、順調に行けば後三ヶ月で解放される。彼女がいない三ヶ月は苦痛だが、少女のこれからの運命を思うと、気休めでも施しを与えたかった。
 彼女はラボに向かう途中の休憩中目を離した隙に消えていたため、本部には「母親が途中で子供を連れ戻した」と説明した。願わくば太古のポケモン達に出くわす前に地上への道を見つけてくれる事を祈るばかりである。


10月×日
 地上から大穴に召集された研究員複数名と家族の話題で盛り上がる。地上と通信が取れず、昼夜の分からない過酷な現場での癒しや希望は、やはり愛すべき存在なのだ。
 辛い時、私はいつもガラルの寒村で働くインテレオンの彼女を思い浮かべる。休養でたまたま寄った村にいた美しく、真の強い女性だ。彼女の笑顔を見る度活力がみなぎり、明日の原動力になる。
 もっともそのペンダントはいつぞやの少女に渡したっきりだが、目を閉じればいつだって鮮明に瞼に映るのだ。
 タイムマシンの製作は目立った問題も無く進んでいる。問題と言うと時々所長が研究員と口論する姿を見かけるくらいだが、聞いてる限り大半は所長の狂気と疑心暗鬼だ。精神を病まないうちに研究員達を解散させ、自分と同じ心のロボットを量産した方が皆のためになるのではないだろうか。


11月○日
 遂に後一週間で地上に戻れる!なんて喜ばしいことだろうか!地上に戻ればエージェントの仕事も終わり、私は曇天と雨に恵まれた島国で愛しいエルメスやウォルターとのんびり暮らせるのだ。
 それなのに調査の方は不穏な気配が漂っている。タイムマシンの製作理由を知った時から薄々感じていたが、生態系を破壊してまで太古のポケモン達を召喚しようなんて馬鹿げた話だ。所長はそれもまた自然の摂理だと語ったが、長き歴史における淘汰とは人為的であるか否かの違いがある。
 “必要とあらば阻止せよ”の命令に私は乗るつもりだ。タイムマシンさえ動かなくさせればこちらの勝ち。計画を練り、近いうちに実行に移そうと思う。


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ウォルターの父親、ウィリアム(ウェーニバル♂)の日記でした。
簡単に彼の経歴も書いておく↓
表の顔はダンサーで、真の顔は機密エージェント(スパイ)。陽気な性格で自ら三枚目を称する。顔はそこそこ良いけど普段の言動が残念なタイプ。
スパイから足を洗いたいと思っていた時にパルデアの大穴で極秘に行われているプロジェクトの潜入調査を頼まれ、この調査が終わった後はスパイをやめてエルメスや生まれてくる息子と暮らそうと考えていた。
調査は難なく進んだが、知りすぎてしまった事がプロジェクトの所長にバレてパラドックスポケモンに襲撃され命を落とす。
弊SVの物語はそんなウィリアムの痕跡をたどる旅で考えているが、いつか語りたいね……。
ちなみにウォルターの名付け親でもあり、顔つきや魔法・怪異を無効化する力はウォルターにも受け継がれた。
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