SVの物語導入2 |
ひゅん、と音を立てて木製のヨーヨーが宙を舞う。 パルデア一の都市テーブルシティの一角で、道ゆく数多の足が止まる先が気になって向かった場所には黒い仮面と大きな帽子を身にまとった女性ーー確かマスカーニャという種族――が軽快なラテンのリズムとメロディアスなギターの音楽に合わせて大道芸を披露していた。 いかにも中世か近代の騎士を思わせる出で立ちで、剣を構えた姿が似合いそうだが、彼女は僕達がギャラリーに混ざった時から派手な花の模様のヨーヨーとジャグリングのボールを持つ姿しか見ていない。見た目以外はどこにでもいそうな大道芸人。そう思った時に見せられたのが華麗なヨーヨーさばきだった。 絡まりそうなくらいのスピードで難なくヨーヨーを操る姿には思わず目を見開いてしまった。同じパフォーマーのトレヴァーとは違う、まるでシノノメさんを思わせる身のこなしと道具さばき。そう思った一瞬、ガラルにいるシノノメさんが恋しくなったのは言うまでもない。 「さあ、クライマックスです!」 気付けば女性の大道芸はいよいよ大詰め。どんな技が来るのかワクワクしながら見守っていると、突如女性がヨーヨーを空高く放り投げ、ヨーヨーが落ちる間にバク転を華麗にきめてみせたのだ。お見事である。 湧き上がる観衆。しかしまだヨーヨーが宙を舞っている。目だけ空に向けた女性は仮面の奥でニッと笑ってみせると今度はロンダートを決めんとばかりに助走を始め、勢いよく体を捻った瞬間。ひゅっと彼女の懐から金色の何かがこちらに向かって飛んできた。 「何だ?」 はしっと掴んだそれは金色の鎖のペンダントだった。金メッキがやや剥がれかけて鈍く輝くペンダントトップが印象的だが、ふと側面にくぼみを見つけて閃く。これはロケットペンダントではないだろうか? 指をかけて開けようとしたその時、ズザッと何かが地面を滑る音がして顔を上げると、丁度女性がロンダートに失敗して落ちてきたヨーヨーが彼女の頭上に見事落下する瞬間だった。 「あー、落ちちゃった」 子供の無邪気で無慈悲な声。女性はばつが悪そうな表情を浮かべていたが、すぐに仮面を直しながら笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにお辞儀をした。 「やれやれ失敗失敗、これにてベニータのショーは終了とさせていただきます」 とはいえ演目を全て終えた女性に送られる拍手と歓声はしばらく収まることはなく、ドンがこっそり漏らした「絶対あのロンダート要らなかったやろ」という言葉を聞き逃すところだった。 「これが気になったんじゃないかな」 ペンダントが吹っ飛んだ瞬間を女性も見てたはずだ。おそらくそれに動揺して転倒したのだろう。その瞬間は見てなかったがなんとなく想像つく。チップと一緒に返さないとな。 女性の元に駆け寄った人々がチップを投げ入れたり激励の言葉をかける中、それに混じってペンダントを持って行こうとした時、ロケット部分が開いていることに気付いた。興味本位で誰が写っているかを見た瞬間、血の気がさっと引く感触を覚えて思わず大衆の目の前で倒れそうになった。 「どうしたん?」 「……何で……?」 見間違えるはずもない。ペンダントに写った穏やかな表情のインテレオンの女性。そして側面に書かれた「Hermes」の文字。何故この女性は僕の母親のロケットペンダントを持っている? わなわなと震えている間にドンのものじゃない影が差して思わず影の方向を向く。既に観衆は散り散りになり始めており、目の前には小銭の入った大きな帽子を抱えたマスカーニャの女性がいる。 「あの、それ私のなんだけど」 失礼しました、と普段ならスマートに返すだろう。しかし今の僕からは自分でも無意識のうちに疑問が発せられていた。 「何故、これを持っているんですか?」 全くもって不思議な少年だった。大道芸の最中にお守りが吹っ飛んでしまい、動揺して失敗した記憶は彼の血気迫る表情に上書きされてしまった。 とりあえず近くのバルに入り、インテレオンの少年と連れのアーマーガアの青年にコーラをおごると、私はサングリアに口をつける。話が長くなりそうな予感がするが、相棒を待つには丁度良いだろう。 「で、このペンダントが君の母親ってわけ?」 「はい」頷くインテレオン。先ほどよりは柔らかくなったものの、まだ緊張感の残る表情だ。 「Hermesってペンダントの製造会社かと思ったけど、名前だったって事?」 「嘘みたいだけど、本当にそういう名前なんです。それにしてもどうしてこんなところに……?」 まだ動揺しているインテレオンに、年上らしいアーマーガアが度々彼に声をかけて落ち着かせている。どうやら二人もまた相棒と言える関係らしい。私とアララルのような。 「教えたいけど、私自身覚えてないのよ」 「何て?」 少年と青年がばっとこちらに視線を向けた。本当に知らないものは知らない。なぜなら私が最初に覚えている地点で、首にかけられていたものだからだ。 「物心ついた時、て言えばいいのかな。気がつけば私はテーブルシティの一角でこのペンダントを持ったまま立っていて。自分の名前は覚えていたけど、それ以外は何も覚えてなくて」 「記憶喪失?」青年が首を傾げる。 「かもね。何も分からない中これしか無かったから、それ以来これは私のお守りとして持ってたんだけど……」 少年の言い分が本当ならば、これは少年にこそ必要なものだと薄々感じていた。現に少年がペンダントを見つめる潤んだ瞳には、親の顔を知らない私でも彼の母親に対する情を感じた。今の私には音楽とヨーヨーと美味しいご飯と上質なバイクがある。この女性はある種の聖母と思って身につけていたが、もうお守りがなくても生きていける。 「えっ、いいんですか!?」 ペンダントを少年の手のひらに乗せた時の驚いた表情たるや。相応しい持ち主にあげただけだ、悪い事ではない。 「今一番必要としてる相手に渡したまでよ」 「ありがとう、ございます……」 少年の瞳からついに耐えきれなくなった涙がこぼれ落ちる。これで良い、雑に涙を拭った少年が愛おしげにペンダントを胸に抱える姿にこちらも思わず胸が熱くなる。 「でも何でウォルターの母親のペンダントがここに?」 青年が少年から目をそらしこちらを見やる。確かに、それは私も疑問に思い始めていた。偶然にしても謎が残る。それだけじゃない、この少年達についても。 「そもそも、君達は誰?」 ウォルター少年が落ち着くまでの間、私と青年――と思っていたらウォルターと同い年の少年だった――は互いに自己紹介をし、彼らのこれまでの歩みを聞いた。 曰く、ウォルターとドン少年は片脚のマフィティフからウォルターの父親探しを依頼され、父親が最後に消息を絶ったパルデアまでガラルからはるばるやって来たという。依頼とはいえ、バイタリティの高さに感心する。パルデアから出た事ない自分にとって、異国のことは中々想像つかない。 「凄いね……ふらふら国内をさまよう大道芸人の身からすれば余程凄いことしてるよ」 「何、それが仕事なんで」 自分と4歳しか違わないのに風格が漂っているドンに気圧されつつ、私は二人に興味を抱いていた。私もウォルターのように自分が何者かを知りたい気持ちはある。孤児として施設で育った幼少時代、何故か手にしていたペンダント、時々見る夢に出てくる「約束」__。 「あのさ、この旅に私も連れてってって言ったら……怒る?」 サングリアを飲みながら聞かざるを得なかった。私の勘が彼らに着いていけと囁いている。もしかすると私もウィリアムというウェーニバルを探せば長年の謎が分かるかもしれない。そう思うとペンダントがあるべき者の手に帰ったことも必然のように感じた。 「――だってさ、どうすっぺか?」 ウォルターは既に元の状態に戻ったらしく、ドンはようやく彼の方を向き直っていた。コーラを一口飲み、ウォルターがじっとこちらを見る。 「いいと思うよ。それに土地勘がある人がいると安心できるし、実はそんな人がいれば良いなって思ってたところだったんだ」 全てが私の思い通りの方向に進んだ。 「ごめん、途中迷子になっちゃって……」 「遅い。そんなの町中にある案内掲示板見れば分かるでしょ」 それから、私の相棒もウォルターとドンに紹介した。大道芸の間に買い出しに行かせていた緋色のドラゴンは、私のバイクでもあるアララルだ。 元々学校を卒業してからバイクでパルデアを気ままに旅していたが、ある日バイクの上に彼が落下しておじゃんになった事から2代目のバイクは彼になったのである。自分の名前すら覚えていない記憶喪失だったので、元々バイクに名付けていたアララルをそのまま彼につけているのが今の相棒だ。 「うう、見ても現在地が分からなくて」 「現在地くらい周りのものを見れば把握できるはずじゃない?」 うなだれるアララルの背中を叩く。子供のような純粋さは時に癒されるが、何でも信じてしまう迂闊ぶりは気に入らない。それにへなっとしたところ。もっと背筋を伸ばせばカッコ良いのに。 「あの、大丈夫?」 「大丈夫大丈夫、信じやすい奴だけど頼りになる時は頼りになるから」 ウォルターに歯を見せて返す。今のところ各地を移動する足としては申し分ない活躍を見せているので嘘は言ってない。おそらく彼らとの旅でも大いに役立ってくれることだろう。 「それじゃ、準備は良いですか?」 「いつでも走れる」 街の西門まで移動した私達の格好は、いかにも旅人然とした者として他の人の目には写っただろう。竜の姿になったアララルに跨る私に、カラスの姿になったドンに乗るウォルター。ここから自分のルーツ探しが始まるのだ。不安の気持ちもあるが、ワクワクした気持ちも抑えられなかった。 そしてどちらからともなく、気付けば私達は大草原の中に飛び出していた。目指すは昔ウィリアムの目撃情報があったという小さな町だ、今日中には着くだろう。相反する二つの気持ちで情緒が乱さそうになった時、不意に風が頬を撫でた__私達の旅を応援するかのように。 - - - - - - - - - - 余談:ドンは旅の最中デカヌチャンに狙われまくってパルデアがトラウマになります。 ←back |