SVの物語導入1 | ナノ
SVの物語導入1

 その日はいつも通りの始まりだった。いつものように今日の依頼を探して朝一でウィンドンの街中のギルドへ向かい、「何かある?」と決まった言葉を窓口で口にする。
「ウォルターか、とっておきの依頼があるぞ」
 依頼を提供する担当者は複数おり、今日は穏やかな雰囲気のオニシズクモが番をしている。そんな彼だけじゃなく、ほぼ全ての担当者が僕に対して言う「とっておきの依頼」__その言葉に口角を上げる。
 今日は何を言われるのか。廃墟の幽霊を何とかする依頼だろうか、魔法使いに穏便に話をつけてくる依頼だろうか。その言葉を言われる時は大抵僕を指名する依頼……もっと言うと僕だけの力、魔法や怪異といった不可思議な力を無効化できる体質を請われる依頼だ。最初は依頼を終わらせるとクタクタになり、翌日は寝込む事もあったが今は慣れたもので、寧ろこの手の依頼を心待ちにしている自分がいる。
「そんな顔するなって、ドンにも手伝ってもらうからさ」
「別に普通やけど?」
 ふと視線を感じて目線を後ろに向けると、一緒に来てたドンが欠伸をしていた。最近はとっておきの依頼ばかりで、自分が必要とされていないのではと不機嫌になりがちだったのだ。一人じゃできない依頼ばかりで、ドンを連れ回しているにも関わらず、だ。彼が言うにはウォルターばかり指名されるのが納得いかないと言うが、パワフルかつ飛行能力を持つドンが指名される依頼だって度々舞い込んでいるのは都合よく忘れているのだろうか。
「受けてくれるようだね、今回は依頼人が直接話をしたいと言うから、応接室に向かってくれ」
「依頼人が来てるって事?了解」
「ああ、種族もかなり珍しい相手だったぞ」
 依頼人と直接話を交わす事は別段珍しくない。例えば急用の依頼だったり、秘密裏にこなしてほしい依頼等はこのパターンのことが多い。まだ依頼の内容を聞いてないのでドンと予想しながら応接室へ歩き出す。果たしてドンがチョコレートを賭けた通り「魔法がらみの依頼」なのか、僕がポテトチップスを賭けた「幽霊がらみの依頼」なのか。


「君たちに会えて嬉しいよ」
 応接室の扉を開けると、そこには灰色の髪で猫背気味な初老の男性が座っていた。人の姿でも直感的に種族は分かるのだが、思い浮かんだ強面の黒い犬のシルエットが何の種族かを思い出すのには握手を交わし、ソファに座って簡単に名乗った後も中々出てこなかった。
 マフィティフ。今日のガラルの天気の話をしている時にやっと種族名が頭の中に出てきた。この国ではウルトラビーストより見かけない種族ではないだろうか?まだ人権が保護されてその辺を歩いているデンジュモクやマッシブーンの方がすれ違う確率は高い。
 アントニオと名乗ったその男性は、ぱっと見元兵士のような雰囲気で、種族特有と思われるいかつい表情と黒い背広からも分かる恰幅の良い体型(猫背をのぞく)は正に数々の困難を乗り越えてきたのではないかと直感した。それでいて黒い髭の間から覗かせるトパーズ色の瞳は子供のように爛々としており、親しみやすさも感じた。軽い雑談の時はシワがやや目立つ顔に笑みを浮かべていた彼だったが、本題を切り出そうとした瞬間威嚇をする犬ポケモンのような表情に変化する。緊張が走る。
「君……ウォルターに依頼したかったのは他でもない。君の父親を探して欲しい」
 思わずガタッと机が鳴るくらい腰が抜ける感覚を覚え、一瞬目の前がホワイトアウトする。咄嗟に隣のドンが支えてくれなかったら床に崩れ落ちていただろう。言葉が出てこない。父親?なぜ居もしない存在がここで?
 地面に打ち上げられたコイキングのように口をパクパクさせている間にドンが繋ぐ。「ウォルターの父親とは?」
 これ程ドンがいて良かったと思ったことはない。赤い目を鋭くし、じっとアントニオを見据えて訝しむドンの間にようやく割って入れるようになって、やっと言葉が口を衝いて出た。大丈夫、母親の形見の赤いスカーフをぎゅっと握る。
「僕に父親はいません。生まれる前から」
 つとめてクールに振る舞ったつもりだが、ドンから目線で「水でも飲め」と言われてることに気付き、憂を帯びた表情に変わったアントニオのため息と共にコップの水を飲み干す。
「驚かせてしまってすまない、順を追って説明しよう__」
 それからアントニオはぽつりぽつりと、動揺する相手を宥めるように語り始めた。曰く、彼は元スパイで数々の国で諜報活動をしてきたという。兵士では無かったが困難をくぐり抜けて来た風格は予想通りだ。
 今でこそ足は洗ったものの、スパイだった当時は一回り年下の相方がおり、その相方こそが僕の父親という、身構えていなければ気絶しそうな話題が続いた時は、最早一周回って冷静に耳を傾けられた。
「ウェーニバルというポケモンを知っているか?ガラルでは見かけないみたいだが」
「……名前と見た目だけ知ってます」ドンも頷く。派手派手な見た目をした孔雀の種族だ。
「名前はウィリアムという。私とウィリアムは相棒であり戦友だった。彼はいつも陽気で冗談ばかり言ってきてい……いやいや懐かしい。だがいつも共に行動していた我々も別々に任務が舞い込んで、私は北の国へ向かわされ、ウィリアムはパルデアに……15年前の話だ」
「俺たちの年齢と合うな」
「私も私で色々そこであって、漸く最近任務を遂行して帰って来た訳だが、ウィリアムは一向に戻ってこなかった」
「ウィリアムにも何かあったんじゃないかと」
「君が生まれる前からいない、なら何かあったんだろう。それを確かめようにも私には最盛期の力もないし、この有様だ」
 おもむろにアントニオが右足のズボンの裾を捲り上げると、明らかに生身の脚でないものが表れた。黒光りする金属が輝くそれに全てを察する。
「辛うじてガラルでこしらえた子供の話を思い出して、ここまでたどり着いた訳だ。ウィリアムは君の誕生を心待ちにしていたよ。息子が生まれたらウォルター、娘ならイヴリンと名付けるんだと幸せそうに語ってて」
「でもウォルターなんて山のようにいる名前なのに、よく僕が分かりましたね」
「魔法や怪異を払う体質を持つウォルターはガラルに君くらいしかいないだろう、新聞で見て真っ先に気付いた。ウィリアムも同じ体質を持っていた」
 続けざまに情報を出されて頷くしかなかった。何だか僕の話のようで僕の話でないようだ。或いは夢なのかとも思ってこっそり膝をつねってみたのだが、つねられた痛みがそのまま響いた。
「でも俺はまだ本当とは思いませんね。ウォルターを知っているなら、他にも何か出せるはず」
 ドンは僕が動揺していると決まって冷静に立ち回ってくれる。とても有難い存在だ。相棒に感謝しつつアントニオの方を向き直る。
「ウォルター、母親の名前はエルメスと言わないか?」
 雷が脳天に直撃したような衝撃を覚え、ガラスコップに顔が直撃するところだった。嘘だ、母親の名前はドンにすら明かしていない。それなのに何故、何故?
「落ち着け」ドンが背中を支えながら荒っぽく摩ってくる。
「誰にも言ってないんだ、本当に」
「……本当か」
 感情が渦潮のように荒れ狂っている。これは現実だ、信じがたいが夢じゃない。でも安堵している自分もいる。
「……良かったかもしれない。今更親の話なんてと思っても、心のどこかでは自分が何者かを知りたがっていたから」
 絞り出すようについた言葉は自分でもびっくりする程弱々しかった。そうだ、これで良かったのかもしれない。慌てて身を乗り出すアントニオを制止し、なんとか呼吸を整えて首のバンダナを握った。
「……母は5歳の時に亡くなりました。優しい人だった」
「すまない、だがこれで信じてもらえたはずだ」
 涙が溢れそうになって乱暴に目元を拭い、辛うじて正常を保とうとソファに座りなおす。既に心の中は依頼を受けるつもりでいた。いや、受けなければならない、これは運命なのかもしれないのだから。


「ドン、忙しくなるぞ」
 ギルドから出て通りを歩きながらドンを見上げる。僕より大きな体躯のドンをいつも羨ましく思う。
「んだな、今のウォルターには俺がいねぇといげねえし」
 今回の旅は国内よりも過酷になるだろう。パルデアには何があるのか、本やテレビの情報以上の謎が渦巻く未知の地へ向かうのは怖くもあり、冒険心も掻き立てられる。それに父親を探すとなれば尚更だ。でもドンがいれば乗り越えられる気がする。僕のことを理解してくれる相棒。
 目が合ったそいつと言葉を交わすことなく自然と拳を付き合わせ、そのまま僕達は人混みの中へと飛び込んだ。

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ウォルターも15歳の少年なんだという事を忘れずに書いてます。
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