ショーが待ち遠しくて | ナノ
ショーが待ち遠しくて

 ウィンドンを走る二階建て式バスの一階、ポケモンがひしめく中で窓際の良い席にちょこんと座り、鞄の中と景色を交互に眺めては口元を緩めるオーレリアの姿があった。
 次の到着先を一々アナウンスしない不親切なバス会社――ガラル中のどのバス会社もそれが当たり前である――の為に、浮き足だった気持ちで居続ける訳にもいかず、目的地のバス停を通り過ぎないように見張りながらも、鞄の中の薄紫色のチケットが彼女の心を捕らえて離さなかった。
 後数時間後には、ガラル一番の劇場でショーを見られるのだ。映画や演劇鑑賞が趣味の一つであるオーレリアにとって、今日は特に待ち望んできた日であった。
 何しろ今回見に行くのはガラルでは昔から有名で、貴族階級でもチケットの争奪戦に敗北する程のパフォーマー集団「パープル・レイン」のショーである。色違いの水タイプのポケモン達が織りなす水のイリュージョンは国民を魅了して止まず、最近ではイッシュにも活躍の場を広げていた。そんなガラルでは誰もが喉から手が出る程欲しがるであろうチケットを、幸運にもオーレリアは掴む事ができたのだ。
 オーレリアだけではない、今回の幸運を掴んだ功労者――これから合流する相手、ドンだってそうだ。元々このチケットはドンの友人である貴族、トレヴァーとその従兄弟経由で手に入ったものだった。急な用事で行けないとドンの手にペアチケットが渡り、渡った当人から誘われたのだ。何て最高の日だろうか!
「こういうの、オーレリアが一番喜びそうだと思ってな」
 無論、数日前そう言われて一枚を渡された時は狂喜乱舞してドンに飛びついたものだ。流石は私の素敵なワタリガラス。今日はそんなショーを彼と一緒に見られるのも一層楽しみを増幅させていたのだった。
 過ぎ去る街並みを窓越しに眺めながら、オーレリアはにやついた表情を隠す事が出来なかった。最早周囲の喧騒も耳には入ってこず、結局バス停を通り過ぎそうになって慌てて降車ボタンに手を伸ばした程に、今日は特別な日だった。


 すみれ色のリボンがなびく白い帽子を抑えつつ、バスから降りた先は駅前にある円形状の広場だった。劇場はここから少し歩いた先にある。
 国一番の都市の駅前とあって、広場はイベントが無い日でもポケモンでごった返している。待ち合わせ場所に指定した、アーマーガアやアオガラスの彫像が守護獣のようにそびえ立つ中央部は尚更である。特徴的な場所を待ち合わせに選ぶのは誰もが考える事なのだから。
「もっと離れた場所にするんだったかな」
 アーマーガアの彫像の下に向かうまでに数回誰かにぶつかりそうになってオーレリアは思わず呟いた。ドンは種族柄背が高く、どこにいても目立つ存在だ。似たような建物が立ち並ぶ通りにいてもすぐに見つけられるだろう。何も考えずに待ち合わせ場所を決めた己を恨めしく感じる。
 それに……オーレリアは手袋を伸ばし、花の形をした髪飾りの位置を直した後で背中でゆるく結んだ白いショールを整える。今日が楽しみで楽しみで、最近特注で仕立ててもらった外出着を下ろしてきたのだ。たくさんのリボンとフリルをあしらった帽子に、帽子に負けないくらい白とパステルイエローのフリルやレースがふんだんに盛り込まれたレモン色のドレス。差し色に紫が使われているのはお気に入りの髪飾りに合わせたい、オーレリアの拘りでもあった。靴も新調したばかりで、レモン色を基調としたドレスに合う編み上げブーツは後ろにすみれ色のリボンが結ばれているのがお気に入りだった。この一張羅をつまらない理由で汚す訳にはいかない。
 待ち合わせしている者達に混じってきょろきょろと辺りを見回して大きな黒い影を探していると、こちらが姿を認識したと同時に向かってくる影があった。モスグリーンのジャケットを羽織った相手も自分に気付いてくれたようだ。
 互いに駆け寄って「お待たせ」「待った?」の挨拶を交わすよりも先に、どちらからともなく口にした「行こうか」の一言で二人は連れ立って広場を抜けた。


 劇場までの道のりを二人は離れる事なく歩いた。身長や足の長さが違う二人が同じ速さで歩ける理由をオーレリアは知っている。「皆自分より低いから誰かに歩幅を合わせるのは慣れっこ」と以前彼は語っていたが、それでも今、自分の為にさりげなく気遣ってくれている事実がオーレリアに心地よい喜びを与えていた。
「可愛いな」
 ぽつりとドンが漏らした言葉も、立ち並ぶ店々に暫く関心が向いていたオーレリアを更に上機嫌にさせた。アクセントはいつも通り彼の出身地のガラル南部訛りだが、「めんこい」と言わないのは珍しい。
「おや?」不思議に思ってドンの顔を見やる。
「この服にめんけえなんて言葉は合わんやろ、その、都会的でお洒落なものに……」
 オーレリアが見上げた瞬間視線を逸らされてしまい、ドンの表情を伺う事は出来なかったが、一瞬見えた頬は赤くなっているように思えた。
「ふふっ、ありがとう」
 もし今目線が同じ状態なら、その頬にキスをしても良かったかもしれない。或いはこの服をどこで買い、如何に自分のオーダーに忠実に作られたかを続けて語る事もできたが、今のドンはまともに取り合ってくれなさそうだ。
 代わりにオーレリアはドンの腕を掴み、相変わらずこちらを見てくれない後頭部に優しく笑みを浮かべてみせた。
「とっても気に入ってる服だから嬉しいな」


「わぁ……」
 劇場の前に到着して思わずオーレリアもドンも驚嘆の声を上げざるを得なかった。余裕を持って開場前に着いたにも関わらず、扉の前には老若男女、たくさんのポケモン達がタイレーツの群れのように列をなしている。そんな観客達を見下ろすように劇場の壁にはパープル・レインの巨大な布ポスターが垂れ下がっており、ロゴと現リーダーである紫色の若いシャワーズがでかでかと描かれていた。
 最後尾に並び、今日のパフォーマー達の話から最近の休みの日についてまで、他愛のない話をしている間にも後続は増え、話題が尽きてそれぞれが思い思いに時間を潰し始める最中にオーレリアがふと後ろに視線を移した時には声も出ない程に列が形成されていた。
 キョダイマックスしたマルヤクデとどちらが長いのかな。ぼんやりと振り返って列を眺めていただけだったが、丁度後ろに並んでいた品の良いジジーロンのマダムと目が合い、にっこりと微笑まれてしまった。
「楽しみね、今日の公演」
 他人と接する事に抵抗の無い性質で、打ち解けやすいオーレリアは誰かの話を聞く事を好んでいた。話を持ちかけられたら乗るしかない、傍らで文庫本を読むドンを尻目に、オーレリアはそのまま見ず知らずのジジーロンのマダムと話に花を咲かせながら時間を潰す事にした。
 曰く、マダムは昔からパープル・レインのファンで、オーレリアには結成当初の話から演目の変遷、メンバー達の裏話やファン同士のネットワークで得た情報を語ってくれた。きっと夜更けまで語らせたらそれだけでパープル・レインの本が一冊書けるだろう。
 観劇好きのオーレリアも相槌を打ちながら熱心に耳を傾けてしまった。本に夢中なドン君にも後で教えなきゃ。
「先代のリーダーの時のパフォーマンスはテレビで見た事がありますが、今のリーダーは昔とどう違うんですか?」
 ポスターを見上げながらオーレリアが訪ねる。オーレリアが知る時期の彼らは紫色の壮年のラグラージがリーダーを務めていたが、一、二年前に今のシャワーズに変わったと聞く。
「そうね、やっぱりまだ若くてチームをまとめるのに必死だからか荒削りな部分が見えてるけど、全体的に活気を感じるわ。後はあれね、先代より距離が近くなったかしら」
「距離?」
「あたし達観客とのよ。昔のパフォーマンスも最高だけど、今はもっとエキサイティングよ――見た事あるかしら?コール・アンド・レスポンスは勿論、水や泡を観客に浴びせた時はびっくりしたわ」
「水、ですか?」予想していなかった言葉を無意識に反芻した。
「多分今日もやるんじゃないかしら」
「そうですか……」
 思った以上にエキサイティングになりましたね、と返した辺りでオーレリアはマダムとの会話の記憶が不鮮明になり始めた。話の内容の幾分かは入ってくるが、楽天家なオーレリアには珍しい一抹の不安が半数をシャットアウトしてしまったのだ。
(服、濡れるよね)
 公演の内容はネタバレを嫌って耳に入れないようにしていたのだが、それが裏目に出るなんて。だがそうであってもチケットに小さく記載されていた「ほのおタイプのポケモンは防水対策を十分にした上でのご来場を……」という一文で察せた筈だ。完全に舞い上がって読み飛ばしていた箇所である。
 丈夫な生地で仕立て上げられた代物とは言え、できれば水滴一つ付けたくないのが本音だ。だから今日も新聞とテレビの天気予報に雨マークが無いかを確認した後で着替えてきたのだが、突然のにわか雨に降られたようだ――いや、にわか雨では済まないかもしれない。
 ふと行列に目を移せば家族連れらしき集団の中にいる小学生くらいの男の子が、自らの種族であるメッソンのトカゲの姿を模したアウターのレインコートに着替えてはしゃいでいる。再びポスターを眺めればリーダーのシャワーズが華麗に水を操る姿があったが、これがポスター上の演出でなければラフな格好でも覚悟が要りそうな演目が待ち受けているのは容易に想像ついた。
 気が付けば先程のマダムはその後ろにいたバクガメスの女性と今日のショーについての話題で盛り上がっていた。後ろめたい気持ちはあるがドンに話すしかない、オーレリアはドンのジャケットの裾を軽く引っ張り、本から関心を向けさせたところで話題を切り出した。
「今回のパープル・レインのショーがどんな感じになるか知ってる?」
「いや……今のリーダーになってから何か変わったとか変わってないかは聞いとるが」
「水だって、観客席に水や泡をバーってかけるみたい」
「ほのおタイプとかどうなるん?」
「『防水対策を十分にした上でのご来場を…』だって」チケットを取り出して諸注意の欄を読み上げる。
 どうやらドンもチケットの隅々を読まずに来たらしく、やっと今になって列の一部の者達がレインコートやウィンドブレーカーを準備している理由を知ったようだった。暫くは驚いた顔つきで周囲を見回していたドンだが、すぐにオーレリアに視線が戻った。
「オーレリアは?」
「あー、私はね……」
 今更着替える時間は無いし、意地でも今日の公演は見たい。やはり服を犠牲にするかと一瞬考えが過ぎったが、間違いなく先々まで後悔するに違いない。未だにミルキィミントの青に進化したかったと嘆く姉コーネリアのように。
「魔法があるから大丈夫!水がかかる時に服に魔法を掛ければ何とかなるかなって。防水くらいなら少しの時間だけどできるし」
 あまりドンを心配させたくなかった。ドンも今日という日を心待ちにしていた一人だ、開演直前に問題を持ち込んでしまったら楽しい時間が台無しになってしまう。その一心でかなりの無茶がオーレリアの口から出た。
 魔法の発動には心の状態が大きく左右される。恐らくアドレナリンが体中を駆け巡り、情緒が乱高下している状態で咄嗟に防水魔法なんて思いつかないだろう。魔法の事を詳しく知らないドンが無知な事を祈り表情を伺うと、彼はガラルの曇りがちな空を思わせる、怪訝そうな顔をしていた。
 違う、そういう表情が見たいんじゃなくて、とオーレリアが口を開いても言葉は喉元までしか出てこない。思うように動かない体にまさかの事態が重なると流石の彼女もサッと血の気が引く感覚を覚えたのだが、呼吸が乱れそうになったタイミングでドンが両肩に触れた。
「待っとって!雨具くらいすぐ買ってきてやる!」
「……なんて?」
「だから雨具!開演までまだ時間あっぺ、任せろ!」
 一瞬だった。言うが早いか、オーレリアが瞬いた時にはドンが立っていた場所には大きな鎧鴉がおり、並んでいた周囲の者達の注目がこちらに集まるくらいの羽音と突風を立てて飛翔するところだった。
「あの、席の場所分かる?前の方だから!」
 下界でチケットの指定席番号を指差すオーレリアを一瞥し、ドンは力強い羽ばたきで街の方角へと遠ざかっていく。それを見送る暇もなく、オーレリアは後ろのマダムと危うくぶつかりそうになって列が動き出している事に気付いた。
 開場時間だ。一度振り返ってドンの消えた空を見上げ、すぐにスカートと帽子を抑えながらオーレリアは前進した。


 高級感と年期を感じるワインレッドの席に行儀よく座りながら時計を確認すると、開演まで十数分をきっていた。そわそわしながらオーレリアが会場全体を見回すと、トイレや物販で席を立っていた者達は殆どが戻ってきている。
 オーレリアのいる席は一番高価なエリアにあり、所謂特等席としてショーを間近で見られるところである。故に顔まではっきり見える範囲でいる客は自分と同等乃至それ以上の家柄の者か、パープル・レインの熱烈なファンのどちらかと伺える。
「用意周到だなあ」
 首だけ動かして後ろを覗くと、ファン達はパープル・レインの公式グッズと思わしき黒いウィンドブレーカーを身に纏っており、薄暗い場内に溶け込んでしまいそうに思えた。そして自分の家と同じ階級であろう客達も、事前にショーの情報を掴んでアウターのレインコートを羽織っていたり、濡れても損害は少なさそうな服装で開演を心待ちにしていた。恐らく他のエリアの席ではオーレリア同様ショーの演出を知らなくて愚痴をこぼしていたり、嘆いている客もいると思われるが、オーレリアは疎外感という三文字がナイフのように体に刺さった気がして再び前を向いた。
 いつになったらドン君は帰ってくるんだろう。観客達のざわめきに埋もれるように少しだけ姿勢を崩し、本来ドンが座る席――今はオーレリアの鞄を置いている――に目だけ動かした。彼にはとても申し訳ない事をした。今なお罪悪感で胸が締め付けられる。雨具を買ってくる、と言い出したのはドンの方からだが、元はと言えば自分の所為なのだ。「浮かれている時程気を引き締めなきゃダメ」と日頃姉のコーネリアから口すっぱく言われる度にはいはいと聞き流していた日常風景が脳内で反芻する。今後は必要な情報はきちんとリサーチしよう、だが今こそそれが一番必要なのは明確だった。
「マジか、水に濡れるならもうちょいラフな格好で来るんだったな」
「いいじゃない、替えなんていくらでもあるんだから」
 近くで聞こえた若い男女の会話に思わず唇を噛み締める。それが出来るならば今こんなに苦しい思いなんてしていないのだ。服飾には家族一拘りがあると自負している身にとって、耐え難い悲劇が待ち受けているかもしれないのに。やはり魔法で水を弾くしかないのか。意識が分散するリスクが高いと分かっていても、雨具以外はそれしかない。
 照明が落ちてますますオーレリアは焦燥感を募らせた。辛うじて三、四つ席の客の表情を読み取れる程度の暗さになるのは、開演が間も無く始まる合図だ。ショーが始まれば隣の顔も判別つかなくなる闇に覆われる。
「ドン君だけでも帰ってきてほしいよ……」心の中の言葉を押しとどめる事ができなかった。両手も無意識に祈る形に組んでおり、ギュッと両目を瞑った時だった。
 カサカサした何かが腕の中にバサッと飛び乗った感触を覚えて反射的に目を見開いた時、そこにあったのはやや重みのある半透明のビニールケースだった。そして勢いよく目に入ってきた「レインコート」の文字。
「いくら雨に無頓着な国でも、雨具ぐれえ普通の店にも置いとくべきだべ」
 この場に人が居なければ大声をあげて駆け寄っていただろう。その気持ちを隣の席に置いていた鞄を自分の席の下に移動させる事で幾らか昇華させつつ、そこに安心できる相手の気配を座る音と共に感じても抑えられない思いはあった。
「良かった、無事で」ドンから受け取った鞄を足元に置き、音を立てないように素早くビニールのレインコートを取り出して羽織りながら、ドンの方を向くと暗がりの中でもかなり息を切らしている様子が見て取れた。「ありがとう」
「何、戦場じゃあるめえし、すぐ帰ってくっぺ」
 薄闇でも目立つ傷のついた頬に汗がうっすら浮いている横顔に、本当にありがとうと小声で続けた。
 レインコートのサイズがやや大きめなのは、袖が自分の腕より長く、裾が膝くらいまであると気付いた時に知った。大は小を兼ねるとよく大雑把なドンは言うが、かさばりやすい今の服には丁度良かった。おそらく袖がぴったりなサイズなら中々着られなかっただろう。そこまで計算した上か、或いは単なる偶然か。ただ一つ、これこそがファインプレーなんだとオーレリアは微笑んだ。
「かなり探し回ったみたいだけど、大丈夫?」
「まあ、それなりに。でも「とっても気に入ってる服」て言われだからには大切にしねえとってな」
 気に入っている服。ぶっきらぼうな言葉に一瞬オーレリアは言葉を飲み込めなくて目を見開き、瞬時に数時間前を思い出して更に目を丸くした。あの言葉を覚えていてくれたなんて!
 急に全身がかあっと熱くなる。心臓にガスバーナーを強火で着けられたような感覚で、思わず胸を押さえつけてしまう。いっそこのレインコートも脱ぎたいくらいの火照りにオーレリア自身も驚いていた。
 ドンから好意を投げられる事には慣れているし、時に不器用で、時に荒っぽい言葉や態度も彼らしいと受け止めてきた。だがここまで特大のものをぶつけられた事はあまりない話で、オーレリアが思っていた以上にドンがオーレリアを考えていた事実がただただ眩しく、温かかった。
 相変わらずドンはこちらを見てくれない。そういう時の彼は決まって照れ隠しなのだが、それが今一番有難かった。レインコートのフードを深く被ってしまったくらいに感情が整理できてないのだから。
「あっ」フードを引き上げた瞬間バサッと勢い余って音が出てしまいますます慌てる。フォーマルな場で一人だけビニール製を着ているなんて、コーネリアや他の姉達が知ればアウターを持って駆けて来るだろう。礼儀知らずと思われるのは困るわ、と顔を青くするミルキィルビーの姿の姉の顔が思い浮かぶが、即座に頭の片隅に追いやる。暗闇の状態ならば誰からも見られないし、パフォーマンスが始まれば会場の誰も観客なんかに目は向けない。今これ程頼りになる鎧というのはこのコート以外になかった。
「この借り、どうすれば返せると思う?」
 そう言えばレインコート以外にも、ここに誘ってくれたのもドンだ。今日だけでたくさんの恩を受けすぎている。小声でドンの耳に入れようと口を開いたその時、ブーッと劇場の開演ブザーが鳴り響いた。
「ん?」「えっと……」
 どうやら時間のようだ。後でね、と手でジェスチャーをして舞台の方を向いた。絶景を一望できる場所を教えようか、家族の誕生日でよく足を運ぶレストランでご飯を奢ろうか、観終わった後で考えれば良い。それに見ているうちに別な案が閃く可能性もある。そこまでしなくていいと言われても、ドン君がびっくりする事をやらなくちゃ。
 ブザーの音を境に一瞬にしてざわめきが消えた会場で、空気を裂くようにギターの音が鳴り響く。曲のイントロを聴きながらまだドンへのお返しで頭を巡らせていたオーレリアだったが、幕が上がり、紫色のシャワーズがシャボン玉を周囲に浮かせながら登場した瞬間思考は舞台の上へと飛んで行った。

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 showsse.jpg
Twitterのフォロワーさんからオーレリアに可愛いドレスのデザインをいただいた時期に、洋楽がたくさん出てくる映画を見てインスピレーションを受けた結果生まれた話でした。
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