海の向こうにあるもの | ナノ
海の向こうにあるもの

 空の色が夜の青と昇り始めた太陽の光で幻想的な紫と橙の光景を彩り始める頃、誰もいない郊外の砂浜にリナルドとマヒナの影があった。昨晩電車で市街から郊外へ向かい、近隣の漫画喫茶で仮眠したのち早朝から砂浜の散策に興じることになったのは、マヒナがお気に入りのワンピースを着て砂浜で遊びたい、とせがんだからである。
 海よりも濃いコバルトブルーに、プルメリアがランダムに散りばめられたひらひらしたワンピース──ムームーという──を身にまとい、左耳につけた赤いハイビスカスの髪飾りを揺らしながら白い砂浜にはしゃぐマヒナを微笑ましげに眺めながら、リナルドは大きく欠伸をする。夏真っ盛りの時期は平日休日関係なく午前中から海水浴客でごった返す。人混みを嫌う彼は最初マヒナの頼みごとを断ろうと思ったが、だったら誰もいない時間帯に行けば良いと逆転の発想を生み出したことで承諾したのだった。
「あまり海の方へ行くなよ」
 早起きが苦手なリナルドにとって、この時間から起きているのは珍しい。そのため未だ眠気がまとわりついており、ぼんやりしている間にマヒナから目を離すかもしれない不安に駆られていた。波にさらわれては流石のリナルドでも助け出すのに苦労する。しかしそんな彼の心配をよそにマヒナはビーチサンダルで波打ち際を駆け回り、嬉々とした声をあげていた。
「おにいちゃん!だれもいないよ!マヒナとおにいちゃんだけの砂浜だねっ!」
「そうだな……」欠伸をしながらも目はマヒナの方を向いている。
 確かに、自分たちしかいない砂浜を独占するのは気持ちが良い。太陽が完全に昇れば見渡す限りの客という客で埋め尽くされると思うと虫唾が走るが、今は自身らの声と波の音だけが響く空間だ。遊び心をあまり持たないリナルドでも、ふと軽く砂浜を散策してみたいとさえ思えてくる。相変わらず眠いとはいえ。
「マヒナは元気だな」
 目をこすりながらリナルドはマヒナの後ろを着いて行く。マヒナは毎日リナルドよりも早起きし、平日は目覚ましとともにリナルドを起こしてくれる有難い存在となる。それ故か早朝でも持ち前の活気さを振りまいている。それに負けじとリナルドも一歩一歩に力を入れる。
 砂浜はやや深く、足を踏み入れても足音がしないところだった。そんな地面をマヒナはずんずん進んでいき、追うリナルドも彼女に負けじと歩を進める。そんな楽しい浜辺の散策が続いてた時、不意にマヒナが立ち止まり、砂浜を掘り始めた。おそらく何かを踏んだのだろうとリナルドが推測している間にマヒナは付着した砂がこぼれ落ちる何かを高々と海に掲げてみせた。
「何を拾ったんだ?」
「みたことない缶!」
 駆け寄ってリナルドがマヒナの持つ空き缶を眺めると、コメディアンを思わせる愉快な顔立ちの金髪の男性の似顔絵がでかでかとプリントされた赤い食用缶のようだった。似顔絵に加えて底も蓋も既に外れた風貌は「ボブの缶詰」の名前を阿保っぽく際立てており、思わずリナルドはふんと失笑する。確かに、この国では売られていない缶だ。裏面を覗けば「ガラル製」と記されていた。
「ガラル……?」
 リナルドが首を傾げる。地図上でも相当離れている国の物が潮の流れでここまで来るものか?近隣国ならまだしも、位置的に流れ着くとは思えない。この海を訪れたガラルの船の船員が海に捨てたとか、そういったところだろう。それにしても珍しい物である。
「ガラル?」真剣な顔つきで缶を眺めるリナルドにマヒナも首を傾げる。
「ここから遠く離れた国だ。ポケモンが禍々しい光を放ちながら巨大化するところだそうだ」
「おっきくなっちゃうの?」
「らしいな、俺も本で読んだ知識しかないから詳しくは知らんが」
 しげしげと似顔絵とにらめっこするマヒナの横でリナルドは息を吐く。ポケモンが良く分からぬ原理で巨大化することしかリナルドはガラルを知らないし、それ以上知ろうとも思わなかった。リナルドにとって世界とはこの国、もっと言えば住んでる街を指す言葉であり、そこから外へ出かける気は一切無かった。超インドアを自称する彼にとっては今いる場所だけで満足できるたちであり、知り合いが軒並み国外へ旅行に出る姿に興味無さげに手を振る有様なのだが、マヒナはそんな事情も知らず、紫の丸い目で無邪気そうにリナルドを見上げる。
「おもしろそう!マヒナもガラルへいってみたい!」
 ああ、マヒナもそっち側か、とリナルドは落胆する。ざあざあと波音だけが響く砂浜からリナルドは地平線を見やる。この先へマヒナも行こうとしているのである。引きこもりたい自分と違って。別に意見が違うからといって非難するつもりは無いが、仲間意識を強く感じていただけに、やはり多少はショックだった。
「そこで何をする気だ?」
「うーんと……」首を傾げながら考えること数分、「いろいろみてまわりたい!この缶詰もたべてみたい!それから、えっと……」
 それだけで充分だった。マヒナの旺盛な好奇心がこの国だけに収まる訳がないのだ。おそらく成長すれば更に外の世界に目を向けるだろう。そのうち自由に国外を飛び回る事になろうがリナルドには関係ない。寧ろ彼女の成長の証として喜ばしく感じるだろう。彼女の好奇心が昇り始めた朝日のように眩しかった。いや、好奇心だけでない、朝日に照らされたマヒナは今や女神のように神々しく砂浜に立っていた。きっと彼女はリナルドが想像する以上に強く育ってくれる。そんな気がしてリナルドは微笑みを隠せなかった。
「いつか外国へ行ってみたいか」
「うんっ!」
 缶詰を振り回しながらマヒナがとびっきりの笑顔を浮かべる。おにいちゃんも行こう、とは聞いてくれなかったのが救いだった。いつか彼女が外の世界へ飛び出すことがあれば、インドア派の自分はその背中を優しく押す役目を仰せ付かろう、そしていつか完全に自分から離れる時が来れば、その時も同じようにしてやる。いつになるかは分からないが、大きくなったマヒナが楽しみでリナルドは胸が温かくなる感触を覚えた。
「さあ、そろそろ帰るぞ」
「まだいる!もっとたのしむの!」
 時計を確認し、リナルドが差し出した手にマヒナは見向きもしない。即座にリナルドから離れるな否や、ワンピースをひるがえしバシャバシャ音を立てて波打ち際を走り始めた。目の前の彼女はまだ幼くあどけない白いロコンだ。現実に戻ったリナルドはため息をつくと、同じように波打ち際を駆けながらマヒナを追い始める。そんな二人の賑やかな声がする砂浜で、太陽は二人を見守るように空を明るく染め上げようとしていた。

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マヒナちゃんにムームーを着せたい一心でハワイアンソングを聴きながら書き上げました。
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