二人だけの雪合戦 | ナノ
二人だけの雪合戦

 この町は冬になってもあまり雪が降らない。厚手のコートを羽織る日は増えるものの、北国のようなドカ雪で交通機関が止まるなんて滅多にない話なのだが、今年は勝手が違った。
「いいかリナルド、雪道を歩く時は重心を前に置いて、足の裏全体を路面につけるように歩くんだ」
 石畳の光景が雪で覆い隠され、車もバスも立ち往生している通りを、仕事帰りのタンクレディとリナルドが並んで歩いていた。ここ数年では滅多になかった光景に対して町中は混沌の真っ只中にあり、大喜びで貴重な時間を満喫する者もいれば、非常事態で混迷を極める者もいる。既に公共交通機関は地下鉄をのぞいて全てが運休が発表されており、だからか夕暮れ時の今の時間、普段より通行人が多い気がする。もっともタンクレディもリナルドも職場の王宮までの通勤手段は徒歩のみのため、心持ちはいつもと然程変わらない。
「でもってアイスバーンになっている道はすり足と言ってだな……」
「歩幅を小さくする、だろ」
「何だ知ってたか」
「バトルで地面を凍らせる。それに氷を操る種族ならこれくらい常識だ」
「それもそうだったな」
 タンクレディの故郷はカロス国境付近の山間部にあり、冬になると大雪が降る地域だった。彼はかつて両親から教えてもらった薀蓄をリナルドに語りながら家路へとついていたのである。一方のリナルドは話半分にタンクレディの言葉に耳を傾けつつ、ぼんやりと雪に覆われた街を眺めていた。雪を降らせることのできるリナルドだが、天然の雪はあまり見た事がない。氷タイプとしての本能からか、雪への物珍しさに少しだけ心を奪われる。
 と、タンクレディが面白いものを見つけたと言いたげに通りの一角を指差す。何事かとリナルドが横を向けばそれは複数の子供達が喚声をあげながら雪玉を投げ合う様子だった。
「雪合戦、懐かしいな!俺も小さい頃姉ちゃんとよくやってたっけ」
 いつも負けていたけど、と苦笑しつつも彼の表情は爽やかで明るい。だがリナルドはいつものしかめ面から一切表情を変えず、淡々とその様子を眺めるだけだった。
「ふん、くだらん」
「何だリナルド、ノリが悪いな!面白いぜ雪合戦も!」
 身長の低い彼から背中をバンバン叩かれようが、リナルドにとっては雪遊び全般があまり興味を惹かれない行為だった。養い子のマヒナから誘われたら付き合うくらいで、自分からはやろうと思わない。子供の頃は養父とそり遊びをしていた記憶があるが、大人になった今は何故当時あんなに楽しんでいたかを思い出せない。
「やってみるか?案外エキサイトするもんだぜ」
「断る」
 戯言に興味はない。立ち止まったタンクレディに目もくれず、リナルドは雪を踏みしめながらマヒナを預けているエルミニアの店へと歩を進めたのだが、数秒後後頭部に衝撃を受けて立ち止まる羽目になった。慌ててポニーテールを触ってみればバラバラとした冷たい何かがついている。その正体が雪である事を顔の前に持ってこなくてもリナルドは気付いていた。
「……そんなにやりたければやってやる」
「そう来なくっちゃ!」
 場所を人通りの少ない近くの路地裏に変え、二人の雪合戦が始まった。氷の魔法使いである二人にとって、雪は慣れ親しんだ存在である。最初は子供達のお遊び同様に競い合っていた二人だったが、どちらからともなく魔法で雪玉を生成し始め、杖で相手の方向へ飛ばし始めてからはすっかり規模も魔法勝負、ないしポケモンバトルと同等のものへと成り果てていった。
「言っておくが、雪玉に氷とか石とか固いもの入れるの禁止だからな!」
 オーロラ状の壁で雪玉の雨から身を守ったタンクレディがルールを叫ぶ。まるで心を見透かされていたように、リナルドは舌打ちしつつ大きな水色の尻尾を逆立たせた。種族独自の技として、体毛から氷の礫を一気に生成できるのだが、礫クラスとなれば「固いもの」の範疇に入ってしまう。なるべく力を制御し、周囲に雪の塊を作り上げながら吹雪を発生させる。
「あれっ、どこ行った!?」
 一瞬で現れた吹きすさぶ雪風にタンクレディが周囲を見回す。気が付けば数メートル先が見渡せないくらいに吹雪は激しくなっており、思わず腕で顔を覆った瞬間、後ろから髪を雪玉がかすめた。
「あいつ、いつの間に後ろに!」
 タンクレディが振り返ったそこには水色のシルエットが風の中に浮かび上がっていた。シルエットが長く生成された氷の杖をタンクレディに向け、無言で尾を大きく振り下ろす。
「させるか!」
 そして再びタンクレディはオーロラの壁を目の前に生成し、リナルドの急襲を全力で受け止める。そんな一進一退の攻防が暫く続く中でタンクレディもリナルドも、すっかり童心を通り越して本気の状態になっていたのだが、唐突に始まった勝負は終わるのも唐突で、疲弊した両者がどちらからともなく杖を下ろし、大人気ない雪合戦でますます積もった雪の道に同時に倒れ込んだことであっけなく終了を迎えた。
「いやー……何だか思ったよりマジになったな」白い息を吐きながらタンクレディが天に向かって言葉を発する。
「誰の所為でこうなったと思っている」
「そう言うリナルドだって、えらく楽しんでたじゃねえか」
「……楽しんでない」
 雪に埋もれていたリナルドが起き上がり、雪まみれの体を払う。数回だけでは全てを落とす事ができないのが雪合戦の激しさを物語っていた。しかし激しい勝負があったはずの彼の顔には一筋の汗こそ流れているものの、顔は氷のような無表情を浮かべている。
「あんたの挑発に乗ってやっただけだ、勘違いするな」
「へえ」タンクレディが上半身を起こす。「俺には楽しんでるように見えたけどな」
 タンクレディの視点からは背を向けたリナルドの表情は伺えない。そのかわり彼の大きな尾だけは心地よく揺らめいているのを見逃す訳がなかった。全く、感情を隠すのが下手な男である、とリナルドに気付かれないよう笑みを浮かべる。
 リナルドは返答をしなかった。相変わらず激闘の証を落とすのに夢中になっている彼は小恥ずかしさもあって言葉が出なかったのである。たかが遊びにここまで熱くなれる自分を信じきれない身にとって、今すべきは照れ隠しである。顔色ひとつ変えずコートの裾の雪を払う。こんな姿をタンクレディには知られたくない一心で。
「それにしても疲れたな。リナルド、バールでコーヒー飲むか?」
「……まあ、たまには良いかもな」
 だからタンクレディがこれ以上聞かなかったのはリナルドにとって有り難かった。マヒナの顔が頭に浮かんだが、少しくらいなら寄り道しても問題ないだろう。単に切り替えの早い彼らしい言動と言えばそれまでだが、タンクレディが雪を払いながら起き上がるのを確認し、再び二人は並んで表通りへと戻っていく。
 足早にバールへと向かう二人の歩みは、どこか軽やかだった。

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ヴィットリオ話に引き続き色々小説お題ったー(単語)で「「嘘つき」「雪」「ポーカーフェイス」がテーマのリナルドの話を作ってください。」と言われたからにはまた暑い中で冬の話を書くしかなかった。なんてこったい。
全力で遊び倒す二人を書けて満足です。知ってるかアローラサンドパンはオーロラベールを覚える。
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