素晴らしき季節 | ナノ
素晴らしき季節

 この時期になると憂鬱になる。暑さに弱い種族の宿命で、数ヶ月は外出時に体を冷気に包まなければいけないのである──寒さに弱い種族が冬に厚手のコートを羽織るが如く。
 冷気を身にまとう技術は寒冷地以外に住む氷を操る種族ならばほぼ必須と言っても過言ではない。事実寒冷地に滞在していた時期以外は冷気を操り、体表にまとった状態でドアを開けていた。
 そして今日も外出のルーティンを完璧に済ませ、灰色の地味な日傘を広げて陽炎ゆらめく石畳の街を歩いているのだが時折肌が焼ける感覚を覚え、まるで鋭利な熱い刃物にしつこく刺されたような気がして思わず眉間に皺が寄る。
 今年もこの技術が不完全な現実を嫌でも突きつけられる。かれこれ数十、数百年生きているにも関わらず、種族としては致命的な欠陥を抱えている事実を知ったのはいつの頃だったか。亜種として差別され、魔法で毛並みを偽って暮らしていた時期に、今以上に地獄の日々が訪れた年があった事をぼんやりと思い出す。確かその時に冷気を上手く扱えなくて……。当時を思えば今こうして立っているのが奇跡なくらいである。それでも流石にまずいと特訓を重ねてはいるが、今の技術が限界なのは否めない。今後これがどこまで通用するのやら。
「僕も渡り鳥になろうかなあ」
 額の汗を拭いつつ、日陰から日陰を移動した先に相手はいた。玄関口で花に水を与える姿は同じ種族である弱みを一切感じない。それどころかぴんとした背筋に涼しい顔で、いつもの微笑みを浮かべている。きっと彼女ににはずっと敵わないだろう。
「あら、大丈夫?」
「大丈夫に見えます?」
「うちに入れば良くなるわ」


 冷房の効いた部屋で彼女手製のグラニータを口にしてようやく気持ちが落ち着いた。才能や体質はひとまず置いといて、が即座にできるだけの冷たさと氷のシャリシャリした食感、レモンの酸味が頭から尻尾にかけて染み渡る。あの灼熱の中を歩いた後なら常温の水でもワインに等しい価値があるが、これは最早ネクタル……神々の飲料としか言い様がない。
 あまりの美味しさに思わず大きな薄紫の尻尾が揺れ、背後に飾ってあるハーバリウムを落としかけて我に返った時に声がした。
「今の時期ほど素敵な時はないわ。花があれだけきらきらしているのは今だけだもの」
「それはまあ、ですね」なんとか表情を取り繕って相槌を打つ。
「トマトやナスも食べ頃だし、冷たいコーヒーも今が一番美味しいと思うの」
「確かに」
 反論しても上手い事言いくるめられてしまうのは長年の付き合いで把握している。論ずる気力がない時は年長者のペースに身を任せるのが常なのだ。
「勿論嫌な事もあるけれど……今だからこその楽しみもたくさんあるから悪くない季節よ」
「悪いところ良いところが相殺されている、と」
「寧ろ良いところの割合が大きいわね」
 屈託のない柔らかな笑みを向けられてこれ以上は何も出てこなかった。自分よりはるかに人生経験が豊富な者に言われてしまったらこちらの言い分なんて吹き飛んでしまう。辛いことも含めて全力で人生を楽しんでいる彼女なら、例え冷気を身にまとえなくても今と変わりなく過ごせるだろう。
 無いものを持っているからこそ、一緒にいると楽しいのだ──憂鬱なのは変わりないが、今だけはそれも許せる気がして、再び持っていたスプーンで食べかけのグラニータを崩す作業に戻った。

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昔ツイッターのタグで見かけた「夏という言葉を使わずに夏を一人一個表現する」に挑戦してみた話でした。
極力「暑い」という言葉も使わない様に書き上げたつもり。
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