たまのささやかな幸福 | ナノ
たまのささやかな幸福

 天気の良い日の昼休み、タンクレディはリナルドを昼ご飯に誘って街中を歩いていた。街はタンクレディ達と同様に昼ご飯を求める者達でごった返しており、昼下がりの太陽が照らす中をある者は忙しなく、ある者はのんびりと二人の横を通り過ぎていく。
 そんな中でタンクレディはひたすら天気の話や今日の仕事であった事を語り続け、リナルドは適当に相槌を打ちながら獣の耳をぺたんと伏せていた。
「……聞いてるか?今日の昼飯なんだけど、そこのバーガーのチェーン店で食わないか?」
 横から肩を叩かれてリナルドはハッと耳を垂直に向ける。タンクレディが指差す先には、水色と茶色のシックな色合いのロゴ看板がレンガの壁に取り付けられている店だった。本来ならば特徴的な赤と黄色のビビッドな色合いが眩しいはずのロゴなのだが、古い建物が多い街に調和するように溶け込んでいる姿は、あたかも萎縮したカクレオンを思わせる。
「そこか」リナルドが耳を横に倒す。「どうしても入らなきゃ駄目か」
「あれ、もしかして嫌だったか?」
「嫌、というか……その……」
 店の中に入ろうとする数歩手前で、何かを渋るようにリナルドが歩みを止めた。何かを警戒するように大きな尻尾の毛が逆立つ。
「何だ、それともジャンクフードが苦手か?」
 美食の国としても知られる地域故、この国の国民としては珍しくない話だとタンクレディは考える。彼自身は時折、安っぽい食べ物を食べたくなる衝動に駆られる時がある程度にジャンクフードを口にする機会はあるのだが、彼の想い人であるエルミニアは典型的な愛国者なのである。その愛国者の顔も同時に思い浮かぶ。
『チェーン店で食べろって言われたら原材料を出すよう要求するわ、私が作った方が良いものが出来上がるもの』
 彼女は冷凍食品やレトルト食品にも「急いで作って食べる物なんて優雅さや質に欠けるわ」と言う有様なのだが、取り分けファストフード店に対しては憎悪や侮蔑とも言うべき眼差しを向けていた。食に高い質を求める彼女にとって、ファストーフード店の速さばかりを重視し質を疎かにするスタイルは敵そのものであり、産業革命の負の面だと主張してやまなかった。質の悪い物をがさつな食べ方で食べるなんてどうかしてる、と。
 終いには複数のチェーン店のロゴを挙げては、あれらの配色センスの悪さは耐え難いものがあると頬を膨らませる始末だったのだが、リナルドもそこまで極端でないにしろ何かあるのだろう。
「違う、食えるならどこでも良い」再びリナルドの耳が伏せられた。「うるさくなければの話だ」
 ああ、と若くお喋りな客でごった返す店内を見てやっとタンクレディも納得できた。リナルドは喧騒を嫌う男なのだ。先程も自分の話ではなく、周囲のざわめきからシャットアウトするために耳を倒していたのだろう。自分の話を聞いていたかはともかくとして、食べ物自体はここでも問題ないと言われれば店内に乗り込むしかない。着いた瞬間からハンバーガーを食べる口になっていたのだから。
「じゃあテイクアウトして静かな場所で食うか!」
「それなら良い」
 リナルドが頷いたのを確認して、タンクレディは彼に壁に貼られたメニューを見せた。


「ところで、あの店の看板って派手だったよな」
「ああ、あれな」
 人気のない小さな広場の噴水に並んで腰掛けながら、タンクレディとリナルドは各々のハンバーガーを頬張っていた。サラサラと噴水から水が湧き出る音が響き渡る。
「街の住民達がそこに店が入るって告知された瞬間、赤と黄色は景観を損ねるーって猛反対しまくった末の結果だとさ。近くのカフェのチェーン店だって、確か同じ理由でもっと地味にされてたぜ?」
 パティの肉厚感に顔を緩ませながらタンクレディがリナルドの疑問に答える。周りに対して興味を持っていなさそうな相手だが、意外と見ているところは見ているようである。大口で齧り付くタンクレディとは正反対に、一口のサイズが小さいリナルドの食べ方はどこか上品に見えた。
「ふん」リナルドが小さな一口を飲み込む。「至極どうでもいい話だな。そんなものに拘る方が変人に見える」
 それから再びハンバーガーをピカチュウのように食べ始めたリナルドに、思わずタンクレディは苦笑する。そう言うリナルドだって充分変な奴だという事は言わないでおいた。いや、リナルドだけじゃない、何故か自分の周りは変人が多いのだ。エルミニアさんだって愛国心を拗らせている姿は時に理解に困るし、姉のクロリンダは良好な仲とはいえ、相容れない存在だと時々思う。だがそれで不思議と上手く調和できているのだから不思議以外の何物でもない。
「いいんじゃね、案外世界ってそういう奴らで成り立っているんだろうし」
 残ったハンバーガーを一気に口の中に入れ、包み紙をゴミ箱代わりのレジ袋に押し込む。まだハンバーガーを頬張るリナルドを横目に、チープな味わいのコーヒーを啜りながら噴水の音に耳を傾ける。例え変でも一緒にいて害が無ければそれで良いのだ。それでいて楽しいと尚良い。個々の拘りと美意識が強いが故に変な奴ばかりの混沌と化している世界は、悪くないものだった。
「そういうものなのか」
「ああ」
 頷くタンクレディの髪を丁度心地よい風が撫でていく。目を細めた彼の横で、リナルドは残りのハンバーガーをようやく食べ終えたところで首を傾げた。

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イタリアのエッセイ本を読み返してる時に思いついたネタでした。
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