素朴な疑問 | ナノ
素朴な疑問


 むう、とテーブルに頬杖をつく。タンクレディの視界に見えるのは訪ね先のリナルドの家の居間だ。フェイクグリーンの植物と電源が切られたラジオが置かれた棚、魔法の本が所狭しと並べられた本棚、遊び疲れたマヒナがぷすーぷすーと鼻息を立てながら眠っているモスグリーンのソファ、タンクレディが座る席の向かいの椅子に掛けられていた小豆色の毛布をリナルドが取り、そっとマヒナにかけてやる姿。
 テーブルの上のコーヒーを一口飲み、部屋の片隅に目を移す。いかにも子供向けなデフォルメ調の絵柄で描かれた星座のポスターに大小様々な絵本が並ぶ低い本棚、ぬいぐるみやボールの入ったおもちゃ箱。タンクレディが初めてリナルドの家を訪れた時に感じた「モデルルームらしさ」はそこにはない。いや、厳密に言えば今もモデルルームかと見紛うくらい最低限の家具だけがピシッと並んでいる空間だが、彼女が来てから生活感や温もりを感じるようになった。寝室も今はおそらく同様の雰囲気になっている事だろう。ははあ、とタンクレディは小さく呟く。パーソナルスペースがキロ単位の奴が、よくこの小さな少女には心を許せるものだ。
「リナルドって本物の植物とか置かないんだな」
「育てるのが面倒くさい」眠り姫を起こさないよう、彼女から離れてリナルドが返答する。そう言えば近所から貰った花を一ヶ月くらいで枯らしたと言ってたっけ。
「ほう、ところでお前子供は嫌いって言ってたよな」
「何が言いたい」
「マヒナちゃんはどうして育てる気になったんだって話」
 リナルドの尻尾がふわっと浮き立つ。そしてすやすや眠るマヒナに視線を落とし、考え込む素振りを暫く見せてから一言。
「さあな」
「いや、何かあるだろ流石に。ずっと気になってたんだよ」
 思わず大きな声を上げそうになり、すぐマヒナちゃんを起こすまいとトーンを限りなく下げる。この小さな白いロコンの少女、マヒナがリナルドの元に来てから随分と経つ。アローラに出かけた時に身寄りのない彼女を見つけ、そのまま連れ帰った経緯は耳にしたが、お世辞にも気難し屋で子供嫌い、その上植物を枯らすような奴が育てきれるのかとその頃から疑問視しているところはあった。確かに時々苦労している面も垣間見えるが、それでもマヒナちゃんはいつも綺麗な洋服を着て美味しいご飯を食べて元気いっぱいにはしゃいでいる。全く予想外な事態にタンクレディはリナルドに心の中で謝っていたのである。
「同族を見捨てる訳にもいかないだろう、それに魔法の潜在能力が高い」
「それだけが理由か?」
「……わからん」それ以上リナルドは答えようとしなかった。
 やれやれ、と頭を掻きながらリナルドとマヒナを交互に見やる。リナルドは先程まで毛布をかけていた椅子に座り、腕を組んだまま天井を見上げている。答えるつもりがないのか、うまく言葉にできないのか、どちらにしろこれ以上この質問の答えは返って来なさそうで、少し話題を変えた。
「で、この子のその魔法の潜在能力の高さは活かせてるのか?」
「問題ない、そのうち俺を超えるかもしれないな。俺より長く生きるだろうし」
 首をこちらに向けてふっと寂しく息をするリナルド。マヒナがこの先数百年は生きる長命である事も、こんな事を言いながら魔法を教えるのが下手で早々にエルミニアさんに魔法の特訓をつけさせている事も、タンクレディは知っている。エルミニアという愛しい相手と此方も親交がある以上こういった情報も入ってくるのだ。
「ま、上手く育てているようで何よりだよ」不器用なりに。
「身近に反面教師がいたからな。それに父さんやルドヴィコさんやエルミニアさんにも助けてもらっている」
 反面教師、については追及しなかった。リナルドの過去を調べようとして古新聞を目にした時を思い出す。家族からもろくな扱いを受けていなかった、と要約すればそんな事が書かれていた記事と、そんなリナルドに目一杯の愛情を与えて育てた彼の養父、あとルドヴィコさんエルミニアさんの顔を思い浮かべ、安堵にも似たため息が漏れる。リナルドもマヒナちゃんも一人じゃない。ただ一つだけ癪な部分があったのは気に食わなかったので。
「でもな、俺の名前が出なかったのは解せないな、あのポスター俺が贈ったやつだぜ?」星座のポスターを指差してやる。
 エルミニアの店に足を運ぶとよく魔法の弟子としてマヒナがいるので、時々遊んだり魔法を教えたりしているのだが、それはどうやら彼の知る範囲ではなかったようだ。
「あんただったのか……悪かったな」
 一瞬きょとんとして、すまなさそうな表情を浮かべるリナルドはまるでマヒナの分もお礼を言っているように見えた。


「多分リナルドは自分と重ね合わせてるんじゃないかな」
 ルドヴィコがふわりと尻尾をなびかせる。数日後エルミニアの顔が見たくて彼女の雑貨屋を訪れると店主の代わりに彼がおり、「近所の人にちょっとした助けを求められて出てった」と客だけが取り残された状況を話してくれた。なので何だ、と軽く落胆しつつこの知り合いと先日の話を話題に持ちかけたところ、即座にこう返されたのである。
「リナルドは小さい頃この国に来るまで一人だったからさ、マヒナちゃんを一人にしたくなかったんだと思うよ」
「確かに、見てれば分かるけど……」
「僕が思うに、リナルドは愛されなかったからこそ、自分と似た存在を愛することで過去の自分の記憶を昇華してるんじゃないかなって。でなきゃあれだけ思い入れを持たない」
「ははあ」
「勿論、マヒナちゃんが愛しいからこそ可愛がっているのは見れば分かるけどね」
 流石長く生きてきた存在だ。それにルドヴィコはこの国に来て以降のリナルドを昔から知っているので、発言に正当性を感じる。全てに合点がついた。
「理由は何であれ、リナルドが幸せそうだと僕も嬉しくなってくるから、マヒナちゃんが来て本当良かったよ」
「そうっすね!」
 互いに顔を見合わせニッと笑う。リナルドの友人という立場からでも喜ばしい事実である。それにマヒナちゃんと言えば、彼女がいるとリナルドだけじゃなく周りも笑顔になる。最高の存在が日常に現れた喜びを心の中で噛みしめる。
「ところで、今日はなぜこの店に」
「新しいデコパージュを入荷したって言ってたからリナルドに贈ろうと」
 話題が切り替わったところでルドヴィコが指差す壁に目を向けると、大小のカラフルな木製の壁掛けがずらっと並んでる事に初めて気付いた。写真やイラストが木に貼られており、さながら美術館の展覧会を思わせる壮観だ。
「リナルドならこれとこれが合いそうなんだけど、大きいからどっちか一つにしようと思って」
 ルドヴィコが壁から二つ取り出してタンクレディに見せる。一つはモザイク画で有名な魔術師を描いたイラストで、もう一つは夜空に山のシルエットと天の川の対比が映える写真。思わずタンクレディは吹き出しそうになった。さっきまで散々話しておきながら迷っているとは!
「そんなの、天の川の写真一択ですよ!リナルドもこの写真なら飾りそうだし、マヒナちゃんも喜びますって!」
 そう言われてルドヴィコはハッと目を丸くした後でフフッと笑った。
「それもそうだね」モザイク画のデコパージュを壁に戻し、天の川の方を会計カウンターの上に置く。
 店主が帰ってくる気配はまだ無い。その間に店の商品を見て回るか、それとも自分もリナルドにデコパージュの商品を贈ろうか。そんな事を考えながら、タンクレディはエルミニアの様子を見てくると店を出たルドヴィコを見送った。

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