それすらも悦楽 | ナノ
それすらも悦楽


 ここの劇場でしかやってない作品なの、とオーレリアが目を潤ませるので、今回のドンとオーレリアのデート先は初めて行くミニシアターだった。百年以上地元に愛されてきたというその映画館は、張り出された作品のポスターのラインナップからも通好みの場所である事が伺えたが、本当にここで応援上映をやるつもりなのだろうか?ドンは首を傾げながらドアを開けた。
「『今宵、サンタンジェロのほとりで』の応援上映の回を2枚お願いします」
「すみません、発券機が壊れて本日全作品自由席なんですが大丈夫でしょうか?」
 オーレリアに受付を任せていたところ、そんな会話がドンの耳にも入ってきた。問題ないよね、と言わんばかりのオーレリアへの目配せに頷く。自由席の映画館なんて故郷で唯一あった映画館を思い出す。都会で封切られて数週間経った映画がやがて地元でも封切られ、ワクワクしながらウォルターと共に足を運んだ日々を懐かしく思いつつ、オーレリアからチケットを受け取って指定された劇場へ入ると、二人を待ち受けていたのは一切の隙間なく客で埋めつくされた座席と、座席につけなくて通路を占領する勢いで溢れる立ち見の客達だった。明らかにシネコンクラスの広さが必要な客に流石にドンもオーレリアも圧倒される。
「今時立ち見席があるか?普通座席分売り切れだら売り切れでねえのか?」
「本当はマイナー向けの作品だったんだけど、最近じわじわ人気になってるみたいで……多分こうしないと回らないんだと思う」
 加えて発声オッケーの応援上映だ。観客は皆ライブ会場の客のように各々グッズを用意しており、サイリウムや劇中歌の歌詞が書かれた紙を配る客、「このシーンは手拍子をするように」と仕切る客、既に歌い出している客、と密集故の混沌が今の場にはあった。
「立ち見で大丈夫か?」映画は2時間程の内容だ。思わずオーレリアに確認する。
「平気、もっと長いライブに行った事もあるから!」
 ふん、と鼻を鳴らして力こぶを作ってみせるオーレリア。それでもドンからすれば彼女のフリフリな服装にハイヒールは不安を感じるものだった。ああ言っているがこの混沌に耐えられるか不安でしかない。庶民にオーレリアの身分を耳打ちして座席を譲ってもらえるか打診しようとも考えたが、そうこうしているうちに辺りの照明が消え、ざわめきも収まったためドンもオーレリアもスクリーンに顔を向けた。

 結論から言えば、ドンもオーレリアも大いに応援上映を楽しんだ。
 映画は面白く、発声や手拍子も大いに盛り上がり、寧ろ立ち見席というスタイルだからこそ四肢に力が入って楽しめたと映画館を出たドンは振り返って思う。
 しかし何より驚いたのは、普段見ないオーレリアの溌剌とした様子だった。動きづらい靴なんかお構いなしでサイリウムを振る姿、あらん限りに叫ぶ姿。まるでいつものオーレリアじゃないみたいで暫くの間丸くなった目が戻らなかった。
「面白かったね映画!」
「んだんだ」
 興奮冷めやらぬ様子のオーレリアにドンはただ相槌を打つしかなかった。付き合ってだいぶ時間も経つが、これからも自分の知らないオーレリアが拝めると思うと、それはそれで悪くなかった。

- - - - - - - - - -
←back
×