「──おはよう、岳」
「梨沙、おはよう」
会社のゲートでちょうど彼氏の岳と出くわした。岳とは大学からの付き合いで、付き合いはじめてかれこれ10年が経とうとしている。
「明日の会議って何時だっけ?」
「午後の2時半だよ」
「あー、そっか。ありがとう。──ふあぁ」
ふと気が緩んだ隙に大きめなあくびが出てしまい、咄嗟に口元を手で隠した。
「今日もひどい寝不足だな?」
「そうなんだよ……。毎夜毎夜、うるさくて……」
「早く引っ越せばいいのに」
「今さら引っ越すのも面倒だもん……」
「昔からそうだな……。今のところ寝不足で済んでるけどそのうち体に行くからな……気をつけるんだぞ」
「うん……ありがとう」
エレベーターで在籍する部署がある階に到着する。
「じゃあ、ちょっと給湯室行ってくる」
「あ、うん。いってらっしゃい」
給湯室に向かっていく後ろ姿を見送る。
最近、エッチとかご無沙汰になったし、こうして話すこともなくなっていた。それなのに、相変わらず優しいな……。
──私もコーヒー飲もうかな。
部署のドアノブに手をかけたけれど、気分転換のためにもコーヒーを飲もうと給湯室に向かった。とりあえず少しでも頭が冴ればいい。それに、岳ともう少し話したい。
「あんっ、だめですってば……」
給湯室に差し掛かったところで、女子の声が聞こえてきた。まさかとは思ったけれど、間違いなくいやらしい雰囲気が漂ってくる。
給湯室でイチャイチャとか……ベタだなぁ〜。
とはいえお取り込み中悪いから、あとで来るとしよう……。
「いいだろ? 誰も来ないんだし」
え?──聞き覚えのある男性の声だった。一瞬で私の頭のなかが真っ白になった。
うそでしょ……?
「朝の給湯室なんだから誰か来ちゃいますって……」
「誰か来ても空気読んで入ってこないって。な?」
「もう……ダメですってば……小川先輩……」
小川……聞き覚えのある声……間違いない。岳だ……。
女子のほうは受付の子だろうか。今年入ってきたばかりの新人だった気がする。かなりかわいい系で男性社員からの人気がかなりあった記憶がある。そんな子と岳が浮気してるなんて……。
「小川先輩、いいんですか? 彼女さんに見られちゃいますよ?」
「こんなときにアイツのこと出すなよ……。萎えるだろ?」
「ひどーい」
「だって毎日毎日眠いだの、寝不足だの、うるさいんだよ。おまけに肌ボロボロなの一生懸命隠してるんだろうけどさ……正直言ってババアの厚化粧みたいで見苦しいんだよ。余計萎えるっつーの」