──「お願い、瑠愛ちゃん。泊まってってくれないかしら」。
大神先輩のお母さんの突然の申し出に、わたしたちは困惑した。
付き合いはじめたばっかりで、なんの心の準備もできていなかったから、当然なのだけれど。
「オイオイ、そんなこと急に……」
「だってキャンセル料もったいないでしょ? それに汰牙くん、いつもうるさいうるさい言うじゃない? 瑠愛ちゃんがいれば安心だし、ね?」
「なにが『ね?』なんだよ……っていうか、ある意味不安だ。却下」
「えー。瑠愛ちゃんの意見も聞いてよ、汰牙くん」
「必要ない」
「えー? ねえ、瑠愛ちゃん? 瑠愛ちゃんはどうかしら」
「え? えーと……」
先輩のお母さんの、子犬がすがるような目を振り払うように先輩を見ると、首を横に振っている。断れ、と言われている。
でも……せっかくの旅行だし、お母さんの行きたい気持ちはわかる。とはいえ、わたしや大神先輩の気持ちを否定するのも……うーん……。
「いやならいやって言ってもらって構わないんだからな。この母親はいつも突飛な考えをするんだ。それにどんだけ振り回されてきたことやら」
「えー、そんなことないわよ」
「この前の買い物のときだってそうだ、急にでっかいクリスマスツリー買ってきただろ。あんなのどこに置くつもりだったんだ」
「この前って……もう半年も前のことじゃない」
「あとは、でっかいクマの人形とか」
「汰牙くんの耳だけじゃ物足りなくなったのよ、もっともふもふしたいの! もっともふもふさせなさい!」
「はあ!? なに言ってんだよ!」
あーケンカがはじまっちゃった……!
「あ、あああ、あのっ、泊まります! 泊まりますから、ケンカはやめてください!」
「は?」
大神先輩が目を大きく見開いた。
そして、お母さんはぱあぁっとたちまち表情が明るくなっていった。
「瑠愛ちゃん、ありがと〜!」
「い、いいのか?」
「はい……。せっかくの旅行なんだし、いいじゃないですか。お母さん、楽しんできてくださいね」
「瑠愛ちゃん……本当にありがとう〜!」
「わっ!」
お母さんに思いっきり抱きつかれ、後ろに倒れそうになるのをなんとか堪えた。
「そうと決まれば早速準備するわね!」
るんるんとお母さんはスキップしてリビングの奥へと消えていった。
「本当によかったのか?」
「はい、わたしは大丈夫です。──じゃあ、わたしも一旦、家に戻って支度してきますね。すぐに戻ります」
「あ、ああ……わかった」