いつもの道で



いつもと何ら変わらない毎日が過ぎていく。

いつものようにお稽古と仕事をこなしていく日々で、心のどこかでつまらなさを感じる。

何かいつもと違うことが起こればいいのに…

そんなことを思ったところでどうにもならないし、彼に会わずにいられるだけ幸せかもしれない。

そういえば、彼は鬼灯様のことをどう思っただろう。

自分のことばかり考える彼だから、何か仕返しをなんて考えてはいないだろうか。
こうして私が何気なく過ごしている間にも何か…


「春月さん?」


こうして考えるほど心配になってしまう。
少し気持ちをきりかえようと少し息を吸ってゆっくりと吐き出す。
それからうつむき加減の視線を上に上げた、ちょうどその時だった。

とん、と誰かにぶつかったのは。


『あっ、す、すみません』
「大丈夫ですか?」
『あ、はい、って…鬼灯様…っ』


つい先程まで私の頭の中をいっぱいにしていたその人物が、今目の前にいる。
なんという偶然なのだろう。

一瞬頭が白くなりかけて、これじゃいけないと笑顔を作った。
呆けた顔は間抜けな感じで恥ずかしい。


「何か、心配事でも?
何度か呼んだのですが、気付いていなかったようですが?」

『え、あ、それは失礼致しました。
少し、心配、というかなんと言うか、考え事をしていました』

「こんな人の多い場所では危ないですよ」

『そうですね、気を付けます。あ、あの、鬼灯様』

「はい」

『彼には、その、あれから』

「彼?ああ、いえ、見かけていませんね。
貴女も変わりありませんか?」


なんだかほっとして、心の中にあった重い塊が溶けたような気がした。


『私は大丈夫です。あれから一度も会っていませんし。
それよりも、あの人が鬼灯様の邪魔でもしていないか心配しておりました。
彼は自分のことばかり考える人ですから、この間の仕返しなど考えていないかと心配で』

「そうでしたか。
いえ、貴女が心配する必要はありませんよ。何かしら邪魔をしてくる人は常にいますから」


誰か嫌いな人でもいるのだろうか。
とても嫌そうな、面倒臭そうな顔をしていた。


『何か嫌なことでも?』

「ええ、あれ以上に嫌気の差す奴はいません」


思わずクスリと笑ってしまった。
鬼灯様は他人に無関心なのかと思っていたけれど、そうではないらしい。


『喧嘩するほど仲が良いとも言いますよ?』

「考えたくないですね、吐き気がします。
それよりアイツと会ったら気を付けてくださいね。
あの白豚、女性に目がないので」

『白豚、さん?』

「おや、まだ会ったことがありませんか?
私はてっきり……」

「あれ?春月ちゃん?久しぶりー」

『お久し振りです。白澤様』

「…チッ」
「舌打ちしたいのは僕の方だよ、全く」

『お2人はお知り合いだったのですね』

「ちょ、春月ちゃん、そんなほのぼの言わないでよ」


犬猿の仲らしい彼らは何やらいい合いを始めている。
喧嘩するほど仲が良いとはよくいったもので、たまに言い合う内容が同じで、タイミングもバッチリ。

私の入る隙が無いように思った所で、鬼灯様がため息をついた。


「春月さん」「春月ちゃん」

「「チッ」」

『はい、なんでしょう?』

「こいつには近づかない方がいいですよ」
「こいつには近づかない方がいいよ」


ああ、またにらみ合いが始まってしまいました。

鬼灯様も白澤様も私に良くしてくださるから、仲良くしてほしい…なんて実現不可能な願いらしい。


「全く。このままいっても不毛なだけですね。私は仕事に戻ります。
春月さん、お送りします」

「はあ?お前仕事に戻るんだろ?なら春月ちゃんは僕が送るよ」


右側に白澤様、左側に鬼灯様。

なんと恐れ多いのでしょう…。
性別が逆だったら両手に花、と言うのでしょうか?

そんな事をぼんやりと考えている間にも、言い争いはヒートアップしていく。
同時にいつもより視線が集まっているように思う。
けれどその視線よりもぴりぴりした空気が痛い。

お2人とも私に話しかけて下さるときは優しい声なのだけれど、睨み合うと火花が散っているような幻覚が見えそうだ。

暫く歩くと稽古場が見えた。
目的地を指差して伝えて、稽古場の前まで来ると私は2人の方へ振り返った。

『では、私はこれで失礼致します。
鬼灯様、白澤様、送ってくださってありがとうございます』

「いえ、構いません。もし何かありましたら、いつでも相談にのりますよ」

「気にしなくていいよ。春月ちゃんのためならなんでも協力するからね」

もう一度お礼をいって私が稽古場に入るまで、鬼灯様と白澤様が言い合う声が聞こえていた。

私が玄関から上がろうとしたとき、何やら外で嫌な音が聞こえてきたけれど、私は苦笑いをするだけで、玄関を開けてみる勇気はなかった。


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