わからないんだ 「・・・千石さん、お願い、お金貸して」 暫く休憩、の指示を聞いて俺はふらりと散歩に出た。 ちょうど自動販売機のところに差し掛かった時、越前くんからそう声を掛けられた。 「・・・いいけど、どうしたのそんなに急いで」 「別に、何もないっス。でも、ファンタ飲みたい。どうしても」 何もないような顔をしていないじゃないか。 先程のコーチの話の時も彼は複雑な表情を浮かべていたから、きっと彼なりにショックを受けているのだろう。 そして、無意識かもしれないけれどいつも通りの行動を取ることで自分を落ち着かせようとしているのではないかと思った。 「いいよ。どうぞ」 「どもっス」 ・・・結局手元が狂ったのか、彼が間違えて押してしまった至って普通のウーロン茶の缶を開けながら、2回目で漸く目的の品を手にした彼を送り出した。 「・・・重症だね、あれは」 * 1人になったところで、缶の中身を口にした。うん、ウーロン茶だね。 嫌いじゃないんだけど、なんか物足りない。 ちらり、と視線を遠くに向ける。跡部くんは、変わらず1人でベンチに座っていた。 ねえ、跡部くん。覚えてるかな。 俺たちが出会ったのって、中2の時のJr.選抜だったんだよ。 初めて見た時の鮮烈さといったらなかったよ。 君のプレーも、その綺麗な笑顔も。 コーチや幸村くんの話によると、君はテニスだけを忘れてしまったって。 きっと、俺が今近付いても君は「よう、千石」なんて言って笑ってくれるのかもしれない。 だけど。怖い。 テニスを忘れた君を、目の当りにするのが。 もしかしたら、俺に限っては存在までも忘れられているかもしれない。 可愛い女の子がいたら声をかけるのが礼儀、なんて思っていたりもするけど。 俺には、君に話しかける勇気がないんだ。 実はさ、俺。誰にも言ったことなかったんだけど。 占いとか、ゲン担ぎとか、そういうの好きだけど。 努力の上にプラスアルファでいいことがあればいいなって思ってるから、神様とか信じてないんだよね。 だから、こういう時。 何に、どうやって。祈ればいいのか、願えばいいのか、わからないんだ。 やっぱり物足りなかったウーロン茶の缶を、握りつぶした。 ×
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