逃げたくなった


青学の1年生が跡部のもとから駆けだしていくのが見える。
この現実を、受け入れることが出来なかったのではないかと思った。
ルーキーとはいえ、まだ子供なのだ。

少し後ろの方で突っ立っている俺に気付いたのか、跡部がこちらを見て少し笑んだ。

「よう、真田」
「・・・・・・おう」

どうやら幸村の言っていたことは本当らしい。
一体お前は、どこで俺と知り合ったのだ。

俺達の出会いのきっかけでもあり接点でもあった、テニスを忘れてしまったというのに。


「なぁ真田」
「・・・何だ」


「――テニスって、楽しいか?」



“・・・・テニスって、楽しいな”

俺と跡部は、何度か一緒にテニスをしたことがある。
シングルスでしのぎを削ったこともあれば、ダブルスを組んだこともあった。

そんな中で。ふとした瞬間に、跡部は俺にそう言って笑ったのだった。


冷や汗が流れる。すぅ、と身体の中を冷たい風が吹いて、手先なんか凍ってしまいそうだった。

俺はその冷たい指先で自らの帽子を摘み上げると、跡部に被せた。
少し跡部の方が頭が小さいらしい。すっぽりと、その目元が覆われた。


――見れないのだ。お前を、俺は。

テニスを知らない、愛していないお前を見るのが、怖い。


「ふん・・・たわけが・・・」

足はすぐにでもこの場から離れたがっている。だが、膝に力をこめて耐えた。

代わりに目を見開いて、上を向いて。ゆっくりと深呼吸をした。
そうでなければ、俺の目の淵に染み出てきた水が、零れ落ちてしまうから。





まったく、たるんどる。

どうして、こんなに寒いのだろう。




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