ゼロ距離

 まるで猫だな。あんずがすやすやと布団の上で丸まって寝ている。
 普段であればせっかくの休みならばと予定を入れるところだが、いつも忙しくしている俺を見かねたあんずが「何もしない」をする日だと宣言した。せっかくの提案だったのでそれにならい、俺は部屋に積みあげていた本の山を崩すことに精を出す。
 あんずはあんずで簡単に家の掃除を終えた後はバルコニーの小さな菜園を手入れしたりして休みを満喫したらしく、その後は干したばかりの布団に寝そべって気が付いた頃には寝てしまったようだ。
 西日がだんだんと差し込んできたところで俺は読書を中断して、あんずを起こすべく寝室を覗く。相変わらずすやすやと規則正しい寝息を吐き眠っている姿を見つめる。疲れているんだろうがこのまま寝続けると夜に眠れなくなるだろう。そうなれば困るのはあいつだ。

「おい」
「……すぅ」
「あんず」

 返事はない。人の気も知らないで気持ちよさそうに……とため息をつきながら頭を押さえる。確かに干したての布団は気持ちよくて抗いがたいものだというのは分かるが声をかけているのだから起きろと言いたくなる。
 自宅なのだから他には誰もいないと分かっているのについ周りをきょろきょろして、これは俺の負けではないと自分に言い訳をした上でそっとあんずの隣に寝転ぶ。何をやっているんだという疑問はこの際置いておくとして。
 薄っすら桃色に上気した頬が吐息とともに膨らみ動く様は仕事仕事で殺伐としていた心を穏やかにするには十分だった。明るい場所であんずの寝顔を見るなんて久しぶりだなと思いつつ、ツンと頬に当てる。
 ぷにぷにした触感が気持ちよくついつい突いているとぼんやりと目を開けた彼女と目があってしまった。気まずさを覚えて俺はさっと視線を逸らしたが、頬に触れたままの手は彼女の細い指に絡めとられてしまう。

「……起こしてしまってすまない」

 起こしに来ているのに何故か俺が謝っていた。
 布団の上で寝転がるあんずが俺の顔を見てくすりと笑う。どうしたのかと聞いても微笑むばかりで何も答えてはくれない。
 せめて、何してるんですかと一言言ってくれれば言い訳のしようもあるが寝起きの彼女は俺の手をにぎにぎして遊んでいるだけだった。

「まだ寝ぼけているのか?」
「そうかもしれないです」

 寝ぼけているのかと質問した割にはしっかりした受け答えだ。それから少し考えた素振りをしてあんずは再び口を開く。 

「……こうしていると身長差なんて関係ないですね」

 そう言われて確かにと思う。目線が同じになりどちらかが不便な思いをすることがないのはいい。30cm弱身長が違うと首を痛めることが間々あるのだ。
 鼻先がつく距離で笑うあんずとの距離がゼロになるまであと少し。

「ところでなんで敬人さんは私のお布団にいるんですか?」
「さてな?」

 優しくあんずの唇にキスをして、何の予定もない休日が間もなく終わろうとしていた。



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