眠り姫と秘密の約束を

 今日はあんずに会えない。久々に会えると思ったのに、その事実だけでレッスンへの集中度が変わってくる。もちろんプロだから手は抜かないけれど、今彼女とレッスンしているユニットが正直羨ましい。自分の彼女といえども、Knights専属のプロデューサーじゃないのだから当たり前のことなのだがここ一ヶ月ほど自分の意思とは関係なしに入れ違いになって会うことが出来ていない。

「少し休憩にしましょう」

 ナルの声で各自水分補給をしたり、汗を拭っている。おれはダンスレッスンで乱れた髪を結いなおしながら時計を見た。今の時間なら、あと二、三度通しでやれば下校時間になるだろう。それが終われば彼女を探しに校舎内をふらついてみようか。

「Leader……!」
「ん?」

 スオーに呼ばれて返事を返すが、特に何かをしていたわけじゃないし何の用だろうか。

「体調が悪かったんですか!?」
「は?」
「だって、いつもあれだけレッスン中に作曲しないでくださいとお願いしているのに今日はしていない……!それに休憩中にもScoreを広げていない!?」
「あー、確かに」
「言われてみればそうね」

 スオーだけでなくリッツやナルにまでおかしいと言われる始末。たまたまレッスン中にインスピレーションが沸いてこなかっただけなのにひどい言われようだ。今日はあんずのことしか考えてなかったから仕方ないといえば仕方ない気もするのだが、こいつらにはそうは見えないらしい。

「いつもなら、Lessonしてたら浮かんだ作品が消えていく〜っ、もったいない!などと言って困らせるじゃないですか!」

 スオーがいつものおれの真似をして面食らう。

「スオーはおれのことそんなに大好きだったんだな……?大丈夫、おれも愛してる☆」
「〜〜っ、そうじゃないです!いいから今日はもう休んでください!」
「王さま、かさくんの言葉に甘えたら?」

 それまで黙っていたセナにまでそう言われて、その言葉に甘えておれは帰る準備を始めた。確かにいつも口うるさく"来い"というスオーが帰れというんだから、いつも通りにしていたつもりだけれど、どこか様子がおかしかったのかもしれない。おれもまだまだだな。でも、これで心置きなくあんずに会いに行くことが出来ると思うと足取りは軽かった。

「さて、あんずはどこだ……?」

 レッスン室を半ば追い出されたけれど、彼女が今どこのユニットをプロデュースしているのか聞いているわけではないから居場所など検討もつかない。仕方なく二年生の教室の方へ向かうが部室やらレッスン室と離れているからとても静かで、ああインスピレーションが……!天才的なおれの才能!今は大人しくしていてくれ!!と葛藤しているとあんずの教室の前まで来ていた。
 教室の中を覗くとどこかのユニット衣装を作りながらすやすやと眠る彼女がいた。針や鋏は一応片付けているようだが、一人で夕方の教室で眠るなんて無防備もいいところだ。リッツやレイがいたら間違いなく襲われているんじゃないだろうか。

「あんずーおきろー」

 彼女の名前を呼んでみても返事はない。そんなに疲れていたのだろうか。起きてもらえないのも少し寂しい。眠り姫を起こすのは王子様のキス、なんて頭の中に浮かんだけれど口元は隠されているからキスもできそうにない。いつもなら肩の下までを伸ばされた髪は下ろされているのに今日は針仕事をしていたからか、自分と同じように片側に寄せて結われていていつもは隠されている耳元が顕わになっている。

「うぅん……」

 そこに吸い寄せられるかのように唇を寄せると身じろぎをするあんず。起こしてしまったのかとどきりとするが、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきてほっとする。リップ音が鳴らないようにそのまま静かにキスを落とし、彼女の肩に自分のブレザーを羽織らせてやる。まだ下校時間には余裕があるから今はもう少しだけ寝かせておいてやろう、それは彼女には届かない誘惑の序曲。

「ああ、いい曲が書けそう!」

 綺麗にされた黒板に新しく舞い降りたインスピレーションを書き残すべく、おれは彼女の側を離れチョークを手に取った。






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