初夢に舞い散る白

 一心不乱に舞い降りてくるインスピレーションを一音たりとも逃さないようにと紙に書き続けていると急になんだか眩しいと感じて、窓の外に目をやるとちょうど朝日が昇る頃だった。
 朝日に邪魔されて普段だったらイライラするところがちょうど集中力も切れたのか、もう朝かとすんなり受け入れることができた。ペンを置いて書いているときは何も思わない、床に所狭しと散らされたそれを一枚ずつ拾い上げては順番に並べて片付けていく。
 記念日にあんずに何かプレゼントをしたい、そう思ってからだいぶ日が経った。形にはなったのだけれど、改めて渡すというのはどこか気恥ずかしくずっと手元においたままいつの間にか冬休みに突入していた。冬休みとは言ってもあんずはクリスマスライブだ、年越しライブの準備だとプロデュースに駆け回っていたし自分も仕事が立て込んでいたから毎度のことながらすれ違いが起きている。
 以前と変わったことがあるとすれば、連絡をこまめに取るようになったことくらいだろうかと放り投げていた携帯電話を探して思う。

「"あけましておめでとうございます"……?」

 文頭に置かれた文字を見て首を傾げる。あけましておめでとうなんて一年に一回しか使わない言葉が並べられたメールは今から六時間ほど前に送られてきていて、おれに一番に送ってくれたのだろう。個別に連絡をするのが大変なので、とスオーに無理やり入れられたアプリには同じようにそう書かれていたが時間が少し遅く表示されていた。

「新年だなんて気付かなかった……はっ!さっきの朝日は初日の出だとおれに主張していたのか!?そうかそうか。それなら自己主張の激しい生まれてきたばかりの朝日にぴったりのオペラを紡いでやらないとな……☆」

 わはははは!なんて声を出していたら隣の部屋からばたばたと足音が聞こえてハッとして慌てて口を噤む。
 まさか愛しい妹を起こしてしまったのかとひやひやしていたが、勢い良く扉を開けて階段を駆け下りていった。一体何が起きたのかと気になって妄想どころではなくなり、こっそりと自分も階下のリビングへ降りることにした。

「どうしよう……」
「おはよう。朝からどうかしたのか?」

 何事もないようにリビングの扉をくぐって中で右往左往している可愛い妹に声をかける。おれの声を聞いてピクリと肩を跳ねさせた彼女がパッと振り向く。

「あ、おはようお兄ちゃん。これから初詣に行きたいんだけど、お父さんもお母さんもまだ寝てるから……」
「……るか一人じゃないんだろ?行っておいで」
「え、でも……」
「お母さんたちには起きたら、おれから言っておくから」 

 急遽誘われたのか、携帯をちらちらと見ながら困った表情を浮かべる彼女はおれの言葉に顔を綻ばせてありがとうと嬉々とした足取りで出かけていった。
 妹離れができないのはおれの方だと言うことは棚に上げて、だんだんとお兄ちゃん離れをしている妹に成長を感じつつも、そういえばさっきのあんずからのメールにも初詣の誘いが書いていていたことを思い出して返事で返す。

「ばったり外で会わないちょっと遠い所行かないとなぁ」

 せめて鉢合わせしないように場所くらい聞いておくんだったと後悔しながら自分も出かけるために準備を始めた。


 しばらく家に篭りきりで外の気温など気にしていなかったから想像で服を用意したが軽装過ぎたと後悔の念が襲ってくる。途中のコンビニでカイロを買ったから指先は暖かいけれど、あんずを待っている間に足から凍ってしまいそうだった。待ち合わせ時刻よりも早くついてしまったのは自分なのだから文句はないのだけれども寒いものは寒い。
 氷点下にはなっていないだろが海の近いこの街では風が冷たく、余計にそう感じてしまう。

「すみません、お待たせしてしまって」
「おお?」

 からんころんと音を鳴らして歩み寄る彼女に目を見張る。普段味気ない制服姿しか見たことがないが、今日は薄桃色の振袖で身を包んでいる。似合わないかと恥らう姿がいじらしい。おずおずとおれの顔色を窺う彼女に微笑みかけて、可愛いと綺麗に結い上げられた髪を乱さないように静かに撫でてやった。

「あけましておめでとう、あんず」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします、レオ先輩」

 初詣に来たのはいいが、どこもかしこも人だらけで歩くのに難儀する。少しでも目を離してしまえばすぐにあんずとはぐれてしまいそうな不安が襲ってきて握る手につい力を込めてしまう。
 そんなおれの様子に何か感じ取ったあんずは健気にきゅっと手を握り返してくれて、その手を引いて参道に並んだ。

「人多いけど、平気?」
「はい。大丈夫です。先輩が手を繋いでくれているので」

 おれを見上げて微笑むあんずを人目も憚らず抱きしめてしまいたい欲が沸々と湧き上がってくるのを必死で押しとどめる。本人は何も考えずにこういうことを言っているのだろうけれど、言われているほうはたまったもんじゃない。
 それから手を繋ぐことに慣れた頃には列は進み境内まで進んでいた。隣にいる彼女は何をお願いするんだろうか。
 おれはといえば初詣に来たとしても神頼みするくらいなら自分で実現させてやると啖呵を切って、何もお願いしないで賽銭だけ投げて戻ってきてしまうから肝心のこういうときにどんなことをお願いすればいいのかが分からない。そもそも今まで、妹の付き添いでもなければ初詣なんて来たことがなかった。 
 
「先輩は何をお願いなさるんですか?」

 無邪気なまでのタイムリーな質問に言葉を詰まらせながらも、安易に答えを求めるなといつものように彼女をいなす。
 たぶんデートだとそういうことを聞きあうことが定石なのだろう。耳をそばだてると近くにいるカップルらしき二人組も同じようなやり取りをしていた。
 自分たちの番になって財布から小銭を取り出し賽銭箱へと放る。あえて、神様にお願いするのならこの先もあんずと一緒にいられますようにってところだろうか。間違っても本人には言えないと手を合わせる彼女を横目で見やる。

「……ずいぶん熱心にお願いしてたな、お前」
「お願いすることはたくさんあるので」

 真剣そのものといった目を向けるあんずに半ば呆れながら声をかける。財布の中の小銭を全て投じて一体何をお願いしたのか非常に気になるところではあるが聞ける雰囲気ではなかった。
 その後に引いたおみくじは二人揃って吉という面白みも何もない結果だった。あまりもつまらないから、もう一度おみくじを引こうとしているところをすんなりと結果を受け入れているあんずに止められてむっとする。
 ひゅうっと冷たい風が頬を撫でる。寒いと感じたのはおれだけではなかったようで、彼女も身を竦めて風をやり過ごしていた。そろそろ帰ろうと手を離して家路につこうとするあんずの手を握り締めて車へと向かう。

「こっち」
「え、ちょっと……っ」

 目をぱちくりさせて何が起きているかよく分かっていない彼女を車に押し込めて一息つく。車の中も冷えているけれど、風が当たらないだけマシだ。
 じゃあ帰るかーと笑えば、強引過ぎると静かに怒られた。あんずの地元を指定したから二十分も車を走らせれば彼女の家に着いてしまうのがもったいなく感じる。

「……」
「え、あんず。まだ怒ってる!?」

 静かに俯く彼女にうろたえる。何かこの後に用事でもあったのだろうか。何もなかったとしても素直に送ると言ったところで遠慮して一人で帰ろうとするに決まっているから黙って連れてきたのが仇になったのか。

「いえ、明るいとドライブみたいだなって」
「……少し遠回りして帰る?」
「また別の機会にします」

 以前家に送り届けたときは暗くてそういう風には感じられなかったらしい。おれも夜道はいつも以上に気をつけなきゃな、なんて思ってドライブ気分じゃなかったと思い出しながら提案してみたのだが、にべもなく却下された。
 また少し頬を赤らめながら俯く彼女を見て、なんだなんだと妄想しても答えは出てこないけれど、経験測的に思い当たる節が出てきた。

「コンビニでも寄ろうか?」
「え?」
「寒かったから身体も冷えただろうしトイ……」
「〜〜っ、違います!レオ先輩!!」

 大きな声で遮られて叱られてあんずも大きな声を出せるんだな、なんて感心している場合ではない。目の縁に涙を溜める彼女にあわあわして急いで車を路肩に止める。
 少しばかりデリカシーがない発言だったかもしれないけれど、何も泣かなくてもいいではないか。

「座ると……きつくって」
「……は?」

 必死に言葉を紡ごうとしているあんずの言いたいことをまとめると、着物の下にさらしを巻いていて座ると圧迫されて息が苦しいということを言えずに我慢していたらしい。
 もう少しで着くからと宣言して数分も経たないうちに目的地である彼女の家に到着して解放してやるとふぅとようやく一息つけたようだった。

「もー、そういうことはちゃんと言えよ?」
「すみません……」

 分かりやすく項垂れる彼女の頭にぽんと手を乗せる。そこでわざわざ車で来た理由を思い出した。家に入ろうとする彼女に待つように言ってトランクの中からプレゼントを取り出すとあんずの表情が一気に変わった。

「私に、ですか?」
「そう!あんずにプレゼント」

 何の花かは分からないけれど、見た瞬間あんずに似合いそうと思って衝動的に買ってしまった花束とあんずのために作った曲が入ったCDを手渡す。誰かが女は花が好きだと言っていたが、あんずもその例に漏れずに花が好きらしくほっとする。

「おれ、記念日とかそういうの覚えておくの苦手だし、あんずのこと悲しませるかもしれないけど大好きだからその気持ちを込めてみた!」
「ありがとうございます……っ!私もレオ先輩のこと、愛してますっ」
「おれも愛してるぞ!」

 おれは幸せそうに頬を染めて小さなブーケを抱きしめるあんずを力いっぱい抱きしめた。ここが外だということも、ましてやあんずの家の前だということも忘れて。


 あっという間に過ぎた逢瀬の時間。その晩に夢見たものは薄桃の振袖を纏う彼女を暴くという煩悩に塗れた初夢だった。
 自分も一人の男だったことを思い知らされる。触れることは出来るけれど、その先に踏み込むことは出来ない。眺めては劣情を募らせて音楽に昇華させることもできず、こうして自分で慰めて落ち着かせる。
 自分の掌に吐き出した精を見て新年早々なにをしているんだろうかと、憂鬱や後悔なんて自分には似合わない感情が湧きあがる。後始末を終えたあと、どうしてこんなことになったのか働かない頭を無理矢理動かそうとしたがうんともすんとも言わない。
 こういうときには人と話した方が冷静になれると、携帯電話を取り出して適当な人物に電話をかけた。

『……何?』
「セナどうしよう、おれ男になったかもしれない」
『……はぁ?王さまは最初から男でしょ。ていうか、頭でもぶつけた?』

 だいたい、何時だと思っているんだと電話口で不機嫌を隠そうともしないセナに一方的に抱えている悩みをぶつける。

「あんずに、欲情する。いろいろしたくなる、我慢できなくなりそうだ……!」
『だから何言って……』
「おれは困ってる!」

 食い気味に言いたいことを並べれば、呆れたようなため息が聞える。

『……我慢できないならしなきゃいいじゃん。自分のモノにしたんでしょお?』
「……うん」
『もうお互い子供じゃないし、やりたいようにしたらぁ?』

 セナはおれに何を言っても無駄だと観念したのか、質問に答えてくれる気になったらしい、とは言っても男の視点からのアドバイスをそのまま受け取っていいのか判断に苦しむ。

『こういうデリケートなことってさぁ、男が率先するもんじゃないの?あぁ、あと王さまが悩んでること、案外あんずも同じように悩んでたりしてねぇ。……じゃあ、俺は忙しいから』
「あ、セナ!ちょっとっ……」

 一方的にまくし立てられ、何も言い返せないうちに電話は切られた。あんずも同じように悩んでいる、なんてことは考えてもみなかった。
 きっとどこかであんずはおれなんかとは違って無垢で綺麗な存在だと思っていたから。そんな汚いことを妄想したりする訳がないと初めから頭になかったのかもしれない。

「……セナが余計なことまで言うからだ」

 同じようにあんずも思っていると妄想しただけで、身体は正直で再び熱を持ち始める。彼女を汚しているようで胸が苦しくなったけれど、全ては余計なことを言ったセナが悪い。
 熱に冒された自分自身を慰めるためにもそこへ手を伸ばし、夜は更けていった。





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