後悔の先

 これは私の後悔。自分の中の正解が分かっていても選べなかった後悔。
 彼はもう私のことなんか見てくれないかもしれない。光さんに聞かれたときに私はそう答えた。
 でも、それは違う。『かも』なんて抽象的な言葉は使うべきじゃない。だってもう、彼は私を見ていてくれてはいないのだから。
 知っているからこそ、それが私の中の後悔。私が一人だけつらいなんて言えるわけない。
 一番つらかったのは、その言葉を口に出した彼で、一番悪いのはその言葉を口に出させた挙句『違う』とすぐに言えなかった私なのだから。
 一人になってしまうと彼の言葉がいつまでも反芻する。部屋の中にいてもあんなに大好きだったゲームをやる気にすらならない。

「−−と一緒に俺も振っちゃってくれない?」

 その言葉は私の本心を何一つ汲んでいないじゃないですか、と言えなかった。あなたは私を見ていない。いつも見ていたのはあなたの隣。その事実が突きつけられたとき、私は間違えた。
 彼を拒んでしまった。次のチャンスは訪れないのに。

「……どこにいるの、椿さん」

 今までだって仕事が忙しくて家にあまりちゃんと帰って来れないことだってあった。頭の中では分かっていても言葉にせずにはいられなかった。

「私、椿さんがいないとダメなの。こんなにも不安で、心の奥が苦しいの。自分にもちゃんとこんな感情があるなんて知らなかったの、ねぇ椿さん……」

 堰を切ったように溢れ出る言葉は、ただ誰もいない部屋にこぼれていく。明かりの点いていない部屋で一人、私は涙を流した。
 絵麻、と名前を呼ばれた気がした。誰もいないのについに幻聴まで聞こえてきて自分がどんどんおかしくなっていると錯覚する。
 好きになるってつらい、報われないってつらい。今までみんなが苦しんでいたそれが自分に返ってきている。そう思うとこれは向き合って受け止めないといけない痛みに思えてさらに涙が出てきた。

「……絵麻、お願いだから泣き止んで」
「……え?つばき、さん?」

 背後から優しく抱きしめてくれる大きな手がこんなにも安心できるものなんて知らなかった。あぁ、帰って来てくれた、こんな私のところへ来てくれた。あんなにいっぱい傷つけてしまったのに。

「椿さん、ごめんなさい、わたし……ごめんなさい……」
「うん」
「椿さんのこと、好きなの、だいすきなの、……私これからももっと椿さんの側にいたいの」

 ただただ彼はじっと私の言葉聞いて受け止めてくれる。涙は止まらなかったけれど、言葉にして吐き出すと心の奥から苦しい気持ちは消えていった。安心する。

「椿さん、好きです、好きなんです、大好きなんです…!」
「俺も好きだから、絵麻のこと大好きだから。梓のこと考えたよ、考えたらこんなことできないはずなのに、俺やっぱりバカだから……仕事たくさん入れてさ、絵麻のこと避けたりしたけどつらかっただけで結局自分の気持ち、我慢なんてできなかった」
「椿さん……もう我慢なんてしないでください。私、もう迷いません。逃げません。ここにいますから」
「これからはずっと一緒だからね……絵麻」

 もう二度とあんな思いはしたくないし、椿さんにもしてもらいたくない。だから、もう迷わない、逃げない。
 
 椿さんの後悔と私の後悔の先は交わった。



[mokuji]
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