色づき始める秋

 半袖のワイシャツでは朝夕が冷える様に感じるようになった秋の初めのこと、薄手のパーカーを一枚羽織って意気揚々と夢ノ咲へとやってきていた。
 けれども、おれは今越えるには高すぎる壁に立ちはだかられていた。2年の終わりからの停学、不登校を経て何度かはさすがに学校に来ていたわけなのだが、ちっとも思い出せない。

「――さて、おれのクラスはどっちだ?」

 廊下の真ん中で仁王立ちして首を傾げる。至って真面目に悩んでいるのだが、マヌケなことに変わりはない。久しぶりに登校してきたのはいいが、自分の所属するべきクラスが分からないのだ。
 いくら悩もうともAとBしかないのだから、二者択一。適当に入っても半分の確率で当たってしまう。逆に言えば間違えると恥ずかしいのだが、まったくそれでは面白くもなんともないじゃないか。
 こんなときに面白さは必要ないとセナならピシャリと言ってのけるだろうが、そういう心のゆとりがインスピレーションに繋がるのをあいつは全く分かっていない。何故だか思い出していたらなんだか少しだけムカムカしてきた。

「おい、そこにいるのは月永か。休みの日にわざわざどうした?」
「んあ?」

 不意に声をかけられて振り返ると見知ったクラスメイトの姿があった。休みの日にどうした?と聞かれたけど、休みの日なら尚更そっちも何をしているんだ?という話になる。
 大方間違えて登校したんだろうが……と、ぼそっと呟かれたけれど、間違っていないからいつものようにわははと笑うしかない。言い訳をするとすれば、部屋にこもりきりだとどうしても日付の感覚が狂ってしまいそれを矯正する術を持たないから仕方がないということになる。特段、狂ったままで困ることもないが、せっかく登校したのに授業もなく家に帰るだけなら時間を無駄にしたのと同義になってしまう。

「ジャッジメントも終わったんだから、そろそろ普通に学校に来いよ」
「んー、わかった」
「本当か?」
「ほんとほんと」

 なんて他愛ない会話をしていると、あんずを見かけなかったか?と聞かれた。その名前に心当たりがなく正直に聞けば新設されたプロデュース科とか言うところの生徒らしく、この間のジャッジメントにもKnights側として参加していたらしい。そのときは興味がないから知らなかったけれど。

「まるで獣の檻に放り込まれたウサギだなー」

 率直な感想がこぼれる。それじゃなくても思春期の男共がいっぱいいるというのに、女一人なんて学校はなんとも無責任な所だな。アイドルなんて言ってもおれたちは人間なのに。

「なんだ。興味が湧いたのか?」
「んー、少し。おれのKnightsがお世話になっているみたいだし」

 それに、何より彼女と一緒にいればインスピレーションが湧きそうだからな、とこれからのことを考えると自然に口角が上がった。

 今日は以前クロと話したプロデューサーがKnightsのレッスンを見て今後の活動計画を相談し来る日らしい。――らしい、というのもその前にあったミーティングをすっぽかしてスオーが今さっき俺を探しに空き教室まで来たからだ。
 ホント、よく見つけられたな……スオーの執念には感心する。学校に来ているかすらも連絡を取っていなく知らなかったろうに。けれど、タイミングが悪かった。

「おれの超大作が消え去った……」
「……何か?」
「スオーは鬼だ……」

 レッスン室まで引きずられて連行されている最中にそう零すと、ものすごく怖い顔をしたスオーが振り返ってきてそれ以上は何も言えなくなった。
 作曲の邪魔をされて、無理やり連れて行かれて俺の興味は完全にプロデューサーであるあんずからは離れていた。正直早く帰って、妹に癒されたいとさえ思う。

「あら」
「王さまだ〜」
「本当だ、かさくんよく連れて来れたねぇ」

 ただいま戻りました、とスオーに続いて部屋に入るなり驚きの声とともに迎え入れられる。そこには以前見かけた彼女もいた。見慣れない女子生徒の制服に薄桃色のカーディガンを羽織った栗毛のこの子が例のプロデューサーかとまじまじと見つめる。

「お会いするのはお久しぶり、ですよね」
「そうだっけ?」

 じっと見つめられるのがくすぐったいのか、彼女はおずおずと口を開いた。それは鈴が鳴るような透き通った声だった。
 改めて軽く自己紹介をしている途中でセナに何故か邪魔をされたけど礼儀正しそうな子だな、というのが第一印象。特に今の段階ではそれ以上興味が湧かなかったし、苗字も合わせて聞いたがどうもありふれたもので記憶の片隅にも残らなかった。
 それにしてもおかしい。クロと話をしていた時はどんなやつだろう!?とワクワクして落ち着かなかったのに本人があまりにも大人しいせいだろうか、何とも思わない。

「それでは、お姉様全員揃ったのでMeetingをはじめましょうか」

 おれが頭を捻っているとすっかりスオーが仕切るようになっていて、おれがここにいる意味はあるのか?とも思う。あんずが話す今後のKnightsの仕事の内容に耳を傾けるも黙ってじっとしているのは性に合わないのでポケットに入っていた紙を取り出して線を書き込んでいく。
 本当は机だろうと床だろうと書き込めればどこでもいいのだが、備品に書き込むと怒られてしまう。新入りだったスオーもようやく一人で立ち上がれるようになったのだから、ソロ曲の一つでも作る頃合に思う。その前にセナとリッツに新しい曲を作ってやらないといけない。

「Leader!!真面目に聞いて下さい!!」
「聞いてるぞー」

 本当は右から左だけどニカッと笑って答える。スオーが怒って他のメンバーが笑う。これが新しいKnightsかと再び妄想を再開するのを止めるものは今度は誰もいなかった。


***


 心地よい秋の日差しの元で作曲に夢中になっているとつい時間を忘れてしまう。――まぁ、どこだろうとインスピレーションが湧いている限りは時間を忘れて没頭してしまうのだが、それはおいておいて。
 一息ついて伸びをすると、控えめに鈴が鳴る。音のする方へチラッと顔を向けると困ったような表情を浮かべておれの様子を伺うあんずがいた。

「そろそろいいでしょうか……」
「なにが?……あ、待って!妄想するから!」

 そろそろ、とは一体なんのことだっただろうかと思案を巡らせる。……ああ、そうだ、思い出した。この曲を書き上げるまでその場から動くなと命じたんだった。
 もういいぞ、と伝えると彼女は曇らせていた表情をぱっと明るくさせた。

「あんずは本当にいろんな表情をするな。これならいくらでも曲が書けそう!」
「そんな……」
「わははは☆謙遜するな!大好きだ!」

 そんな風に笑っていると、ぐぅという可愛らしい音が聞こえてきた。おかしい、おれの腹が鳴ったわけじゃない……そう思いつつ腹に手を当てると、彼女と頬を赤らめて俯いてしまった。

「あんず。おなかすいてたのか?」
「うぅ……」
「何か食べに行く?」

 おれの問いかけにまごまごするあんずの手を引いてよいしょと立ち上がるとともに鳴る午後の始業のチャイム。あぁ、昼休みいっぱい付きあわせてしまったのか。
 彼女はと言えば、相変わらずなにか言いたそうにしている。午後の授業に間に合わないから小言の一つでも言うつもりだろうか?おれは別に今さら授業をサボったところで何とも思わないけれど真面目なあんずは気にしてしまうのかもしれない。

「あの、月永先輩!」
「ん?」
「お弁当持ってきていますので、良ければ一緒に食べませんか……」

 威勢よく名前を呼ばれるが、だんだんと尻すぼみになっていく声。脇に用意されていたお弁当。あんずは最初からそのつもりだったらしいが気づかなかったのはおれか。

「……ありがとう!愛してる!!」
「きゃっ」

 何故初めから弁当が用意されていたのかは後で妄想で補うとして、感謝の意を込めて今は目の前のあんずに抱きつく。今まで誰かにここまでしてもらったことはなかったから少し新鮮で心が踊る。
 芝生に座りなおして、彼女が用意した弁当の包みを開いていくと一人で食べるには量が多いおかずが出てきた。いや、意外とあんずは大食漢なのかもしれないけど分からない。彩りよく詰め込まれている弁当は流石、女の子のセンスとでも言うべきかと感心する。

「あっ、普段からこんなに食べるわけじゃないですからね?瀬名先輩が月永先輩は作曲に夢中になるとご飯を食べないと言っていたので!」

 弁当の量の多さに驚いていると慌てた様子で説明を始めるあんず。
 初めからおれに食べさせるために用意されていたのかと嬉しくもなったが、同時にセナの助言かとほんの少し落胆した自分に疑問符を浮かべながら、弁当をつまんでいく。甘めに味付けされた卵焼きが糖分を欲していた身体に染み渡る。

「これ、うまいな!」
「お口にあってよかったです。これを食べ終わったらレッスンですからね」
「なっ!?」

 味の感想を言うと満面の笑みを浮かべる彼女を愛しく思うけれど、この弁当はおれをレッスンに連れて行く口実だったと知り、がっくりと肩を落とす。そうか、午後は授業じゃなくレッスンだったか。
 こんなの詐欺だ、そう呟いた言葉は彼女には届かなかったようでいつまでもにこにこと笑顔を浮かべていた。

 食事を終えて校舎の奥に構えられた部屋へと入る。まだ他のメンバーは来ていないようで、レッスン室を貸しきっているような状態になっていた。
 レッスンも別に嫌いというわけじゃない。ただそれ以上に湧き上がるインスピレーションを何かに書き留めるのに必死で、レッスンをしている場合じゃないだけだ。
 準備体操もかねて頭の中に浮かんだメロディを口ずさみながら身体を動かすと他の準備をしていたはずのあんずが、わぁ…と驚いたような声を上げて手を止めていた。そのまま身体を動かしながら、口ずさむのをやめて彼女に声をかける。

「……すごい?」
「は、はい!」

 一応アイドルだからそこを褒められてもな、と思いつつも彼女に褒められて悪い気はしない。

「すごくて当たり前でしょ〜?」
「セナか!」

 すでに準備体操の域を超えた動きを止めると、セナに続いて二人しかいなかった部屋にメンバーが入ってくる。さっきのあんずよりもオーバーなリアクションを取るスオーが気にかかるが特に触れないでおく。触らぬスオーに祟りなしだ。
 あんずはお疲れ様です、と入ってきた連中に挨拶をして途中だった用意を再開しに戻ってしまったのが残念でならない。

「なんで王さまそんな顔してんの?」

 大人しくあんずを見送ったのにセナに不思議なことを言われた。そんな顔ってどんな顔だろうか、と自分の顔を触れてみてもよく分からない。

「分からないならいいけどねぇ?」
「……」
「Leader!先ほどのDanceをもう一度お願いします!」

 セナとの会話をさえぎる様にスオーが食いついてきて面食らう。即興ダンスをもう一度やれと言われても無理な話だ。会話は水を差された形になってしまい、セナはため息をつき着替えに行ってしまう。
 話しの邪魔をするなとスオーを叱ろうとした矢先、先にミーティングするわよ〜とナルに止められ、子供のように教えてくれとせがむスオーを引き離すことに成功しミーティングに参加した。もちろんスオーから少し離れたところに陣取ることは忘れず。
 そういえば、昔からセナはおれが気がつかないようなことに気がつく。さっきの発言もその延長なんだろうけど自分の知らない自分をあたかも知ったように言われるのはあまりいい気がしない。
次のドリフェスは……とプロデュースの内容を話しているあんずを見遣るとパチリと目が合った。瞬間、少し微笑まれたような気がして思わず目をそらす。
あぁ、セナが言っていたのはこういうことかも知れない。なんとなく自分の気持ちが分かってきた気がする。

「本当にお姉様がLeaderを見つけてきてくれてよかったです!こうして普通にミーティングできるなんて少し前までは夢のまた夢だと思っていましたから!」

 気がついたら話はとっくに進んでいたようで、スオーが感激し嬉々としてあんずの手を握っていた。普段なら何も思わないだろうけれど、今はどうでもいい。おれの手はスオーの肩に伸びていた。

「よし、新入り。さっきのダンス教えてやる」
「……へ?」

 悪気はないのだけれど、ついつい手に力が入る。その様子を見て、あわあわとしてるあんずにびっしりと書き記された新曲を押し付けてスオーを引き剥がす。あーあ、とセナたちが楽しげに呟き笑う。
とりあえず、状況を飲み込めず間抜け面を晒すスオーには罰としてさっきより激しくて難しいのでも踊ってもらわないとおれの気が済まないから、真似出来そうで出来ないようなのを手本に踊っておいた。






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