愛をこめて花束を

 若いうちに無茶をしておけって本当だね、とベッドに突っ伏したままの彼女が力無く呟くのを聞いて俺は大きなため息をついた。また仕事。
 アイドルの俺より忙しいってブラックもいいところじゃない?とつい文句を言いたくなる。まぁ、あんずさんのオーバーワークは今に始まったことじゃないし治す気もあんまりないのかもしれないけど、せっかくプロポーズだってしたのに本人は結婚してくれる気があるのかないのか曖昧なままだし嫌になってくる。このまま同棲生活を続ける気なのかもしれないけど、さすがにあんずさんのご両親に顔向けできないというかもう少しちゃんとしなきゃなと思っているのは俺だけなのかもしれない。
 スマホすら放り出して足にはむくみ取りのために着圧ソックスを履いて、うつぶせで半分死にかけて無防備もいいところ。
 
「はぁ……あんずさんさぁ、そんなにお望みなら明日もベッドとお友達にさせてあげようか?オフでしょ」
「ひぇ!?」

 戯れに寝転ぶあんずさんの耳元で囁いてやるとすっとんきょうな声を上げて硬直してしまった。そんな初心な反応をされるとなんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。付き合い始めて五年。酸いも甘いも経験して一緒に暮らしているのに相変わらず可愛い反応だと感心してしまう。

「……何を想像したのか知らないけど、それは冗談として昔もあったよね。学生の頃、働きすぎのあんずさんが学校で倒れるの」
「冗談……えっと、あのときはまだ自分の限界というものがよく分かっていなかったというか……とりあえずやらなきゃと思っていたというかいろいろあったんだよ」
「仕事で無理をしないって約束してたのにそれを破ったりしてさーあの頃と本当に変わらないね」

 視線を泳がせながらあんずさんは必死に言い訳をするがぴしゃりと切り捨てると彼女はうっ……と言葉を詰まらせた。あの頃と違うのは”お仕事は没収です”と言って無理やりにでもその肩の荷を下ろしてあげられないことくらい。俺も社会に出て大人の事情というのを嫌というほど味わったからあれだけは本当にどうしようもできない。

「なぁーんて、ね。悪戯してごめん」

 あからさまにホッとした様子のあんずさんに少しムッとしてつい悪戯心に火が付いた。これはやっぱり有言実行してあげないと。

「お疲れのあんずさんにマッサージをしまぁす」
「えっ、いいよ。ひなたくんだって疲れてるでしょ?」
「いいからいいから〜〜」

 がばっと起き上がろうとする彼女の上半身を押さえつけて髪の毛を横の方によけて、固く張りつめた肩に手を伸ばすとくすぐったいのか鼻にかかるような甘い声を出した。その声なんかやばいかも、という心の声は奥にしまってそのまま親指に力を入れてコリをほぐすように肩を揉んでいくとあんずさんは枕に顔を埋めてさらに色っぽい声を上げる。
 あーこれ、やっておいてなんだけど理性の我慢大会かもしれない。

「あんずさん気持ちいいですかー?」
「んっ、う……ん」

 ベッドに沈むあんずさんが気持ちよさそうに返事をする。でも、正直揉めば揉むほど喘ぎ声みたいな声になって変な気分になるんですよねー。

「やっぱりあんずさん俺と結婚しない?疲れた日には極上のマッサージも付いてるよ?」
「それっはぁ、っ、だめぇ……」 

 あんずさんは強情だとつい唇が歪む。理由なんてなんだっていいのに。むしろどんな理由なら納得してくれるのか教えてほしいくらい。
 肩を揉んでいた手をだんだん腰のあたりまで下ろして同じように揉むと彼女の体がぴくぴくと震え始めた。

「じゃあ、どうしたら結婚してくれるの?」

 一際大きくピクリと跳ねてあんずさんは動かなくなった。やり過ぎたかと横たわる彼女を見ていると枕に向かって何かを言っているようでボソボソと何か聞こえてくる。

「聞こえないよ?ちゃんと教えてあんずさん」
「……言っても怒らない?笑わない?」

 ほんの少し顔を上げて俺を見上げるあんずさんは言いにくそうに口をモゴモゴさせている。ここまで来て万が一フラレるようなことがあっても流石に怒ったりはしない。

「プロポーズね、指輪のケースをパカってされるのが夢だったの」
「へ?」
「子供っぽくてごめんなさい。ひなたくんと結婚するのがイヤとかそういうわけじゃなくて、私の中の気持ちとずっと折り合いがつかなくて曖昧な返事しかできなかったの」

 だからごめんなさい、と予想の斜め上を行く回答を聞いて心がすぅーと軽くなる。それと同時にあんずさんへの愛しさがあふれ出して体が震えた。
 ひなたくん?と心配そうに俺を見上げるあんずさんと目が合ってそのまま彼女に覆いかぶさるように倒れ込む。あんずさんがそれで納得してくれるならお安い御用だときつくその身を抱き寄せた。





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