想い想われ

 そういえば、と机越しに向かい合った英智さんが口を開く。あんずちゃんから僕にキスをしてくれないのかい?と、どのあたりが『そういえば』なのか分からないけれど、私を生徒会室に呼び出した彼は楽しそうにそう言った。
 二人きりの生徒会室に妙な雰囲気が漂う。時刻は夕方、廊下からは賑やかな話し声も聞こえてくる。この部屋も今は他に誰もいないけれど、逆に言えばいつ誰が来てもおかしくはない。ここは学校でそういう場所なのだ。

「おいで」

 言葉短く見つめられると脳が沸騰してしまったかのように考えることを放棄して、足が自然と向かって行ってしまいそうになる。そんな戸惑っている私を見て英智さんの口角がかすかに上がった気がした。

「こんなところで、と思う?」
「ええ」

 そんな戯れに私はそれ以上何も言わず、机を回り込んで彼に近づいた。
 窓の外には部活に勤しむ生徒たちが見える。向こうからこちらを確認することはできないだろうけれど、なんだかとてもいけないことをしているように感じて足がすくみそうになる。そして私は彼の美しい金糸のような髪を一房掬い、それにキスを落とした。
 不満そうな咳ばらいが聞こえてくるけれど、私にはそれ以上のことはできない。そんな度胸、持ち合わせていない。つれないなぁと呟く皇帝陛下に目も合わせず深くお辞儀をして私は一目散に生徒会室を飛び出した。
 
 あの気まずい放課後から数日後。お店を予約したんだと、懲りずにこの人は私を攫いに来た。
 にわかに殺気立つ教室内には目もくれず、手を引かれて促される。遠くでクラスメートが何か言っていた気がしたけれど、何を言われていたのか私の耳には残らなかった。
 それから、連れてこられたのは英智さんのとっておきのお店。ドレスコードがあったらしく用意されていたお洋服に着替えさせられて、気分はすっかり童話の中のお姫様のようだった。鏡に映る自分を見て不意に馬子にも衣装と思われないか不安が襲う。

「大丈夫。似合っているよ」

 おずおずと試着室から出ると声をかけられた。彼もまた着替えてきたらしく、ただえさえ整った容姿をしてかっこいいのに三割増しでかっこよく見える。

「私、こういうところ初めてで……」
「気にせず、好きなものを食べるといい」

 奥へと通され個室に入るとテレビでしか見たことがないようなセッティングをされたテーブルが置いてあった。やっぱり場違いではないのかと不安が増してくるけれど、彼はそんな私を見て笑みを絶やさない。
 今度は手渡されたメニューを見て私は目を見張る。英語なのかイタリア語なのかフランス語なのかなんなのか、書かれた文字を読むことができない。緊張していて目が滑って読めないとかじゃなく、まったくどんな料理なのか想像がつかなくて時が止まったように感じた。
 
「……メニューが読めないです」

 かっこつけたり、見栄を張ることさえ恥ずかしくてきちんとそう申告すると一瞬ぽかんとしたのち彼は笑い出した。ああ、もう。穴があったら入りたい。
 外食なんて慣れないこともたまにはしてみるものだとほくほく顔なのがさらに私の羞恥心を煽ってくる。そのあと来た店員さんにテキパキとコース料理をオーダーしているところを見て慣れてるじゃないですかと内心突っ込みを入れる。

「ああ、そうだ。今度は逃げないでね、あんずちゃん」
「え?」

 恋人と二人きりになれるなら、誰にも邪魔されない場所がいい。
 英智さんの言葉の真意を知るのは美味しい料理に舌鼓を打った後のことだった。



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