クリーム色の夜

 カサカサとパジャマと肌が擦れる。早く寝なきゃ早く寝なきゃと焦る気持ちに比例して、寝返りをうつたびに擦れるそれが無性にむず痒くて、私はパジャマの内側に手を忍ばせて静かに柔肌に爪を立てる。

「……うぅ」

 既に幾度となく繰り返された行為に薄い肌は赤くなり、痛みを伴うようになっていた。もうやめよう、早く寝なきゃとそう思っても耐え難い痒みには抗えず私は再び爪を立てる。

「あんずさん、どうしたの?大丈夫?」

 背後からかけられる声にドキりと胸が跳ねた。悪いことをしている訳ではないが、隣で寝ている彼を起こしてしまったのだと少し焦りながらなんでもないよと返事を返す。
 本当になんでもないの、こんなくだらないことでひなたくんの睡眠時間を奪うわけにはいかないと頭の中の天使が叫ぶ。もう一方で悪魔がひなたくんに何とかしてもらえばいいじゃん、と囁いてくる。いや、流石にひなたくんでもこのかゆみを鎮めるのは難しいんじゃないかな、私の中の悪魔……と内心ツッコミを入れているのを不審がった彼が身体を起こして私の様子を伺う。

「……なにか隠してるでしょ?」
「イイエ、ナニモ」

 痒みで疼く身体を縮こまらせながら必死に答える。私のことなんか気にしないで早く寝て!と心配されているにも関わらず、失礼なことが頭の端をよぎった。だって、ひなたくんが起きていたら堂々と肌を掻きむしるわけにもいかないから。

「あんずさん」
「……はい」
「ちゃんと言って。どこか痛いの?」

 暗闇の中なのにジッと目を見据えられて、静かに名前を呼ばれる。その瞳から逃げられないと観念した私は彼に思いの丈をぶちまけることにした。

「かゆい」

 ポツリとこぼした現状を端的に表した言葉に、彼は疑問符を浮かべ目をぱちくりさせた。そりゃそうだろう。寝ていたところを起きてまで心配した彼女はただ単に痒みを訴えているだけなんて、そんなこと……まぁ、今の私にはひなたくんのことを慮る余裕なんてないんだけども。

「ひなたくんーーパジャマと擦れてかゆいよお……掻きすぎて痛いーー!」
「どうどうどう!あんずさん落ち着いて!」

 我慢していたものをぶちまければ、情けなくも半泣きである。寝返りを打ってひなたくんに縋るように抱きつくと優しく抱きしめられる。

「乾燥してるのかな……あんずさん、お風呂上がりちゃんと保湿した?」

 そう問われて少し考えた後、私は首を横に振った。ちゃんと加湿器つけているし早く寝たかったし。別に少しくらいサボったってなんともないって思ってた。

「……ちなみにボディクリームはどこ?」
「そこの鏡台」
「え。もしかしてずっと塗ってなかったとか言わないよね?」

 ギクリとしつつ目を逸らす。何かの折に、嵐ちゃんからもらったボディクリームは寝る前につけるには匂いが強くていつの間にか鏡台を飾る置物になっていたとか言えない。やましいことはないが、気分的にも使う気になれなかったのだ。
 黙っていたのを肯定と受け取ったのかベッドをスルリと抜けるひなたくんを追いかけようとするも、待っててと言わんばかりに頭をポンと撫でられただけだった。暗闇の中で器用に鏡台を物色してお目当てのものを手に取り、戻ってきたその顔は心なしか楽しそうに見える。
 嫌な予感がする。なんだか理由は分からないけれど、経験的に。

「――あんずさん、自分で塗れないみたいだから俺がボディクリーム塗ってあげようか」

 いっぺんの淀みもなく、さも当然といった風に言ってのける彼に私の思考は停止した。まるでおもちゃを目の前にした子供のように目がキラキラしていて、直感的にこれはやばいと頭の中で警報が鳴る。笑顔を崩さないままジリジリと近づいてくるひなたくんにやっとの思いで、彼に大丈夫だよと返したところでぎしりとベッドが軋む音がした。
 あっという間もなく、ぷちぷちと一つずつボタンが外されていき私は息を飲む。やがてすべてのボタンが外され、私の胸はひなたくんの前に晒される形となった。いくら薄暗い中だと言っても少し恥ずかしい。
 耳を澄ますとボディクリームの容器を開ける音がする。こうなってしまえば自分はまさしくされるがままのまな板の上の鯉だ。私は動くこともできず、その瞬間が来るのを待つしかできない。
 ぴとっと冷えたクリームを手に取ったひなたくんの手が敏感になっている胸の頂きに触れるとぴくりと体が跳ねた。その反応を楽しむように反対のも胸も同じように撫で繰りまわされて、私はかゆいのとくすぐったいのともどかしいので泣きそうになる。変な声だって出てしまいそうになるし、これではボディクリームを塗るという建前の元いじわるをされているみたいだ。
 クリームを塗りこむように胸を鷲掴みにして揉みしだかれて、だんだんとひなたくんの触り方がいやらしい方に変わってきた気がする。フーフーと自分の息が荒くなってきたのがそれを証明しているように感じて、手の甲で口元を覆って彼から目を逸らした。

「どうしたの?ただボディクリーム塗ってただけなのにそんなにモジモジしちゃって」
「それは……ひなたくんがえっちな触り方、するから」
「えー、バレた?」

 さっきまで寝ていたくせになんでこんなに生き生きとしているのと毒づく間もなく、お楽しみはこれからだと耳元でひなたくんに囁かれて私は抵抗することをやめた。



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