放課後の階段
それはとても急なことだった。
ねぇ、あんずさん。俺との初キス覚えてる?と突然のひなたくんからの問いに私の思考回路は停止した。私は戸惑いを隠せず、どういうことかと彼を見上げるとニィと口角を上げてこちらを見ているのに気が付いてしまった。
何だかこの顔に覚えがある。そうだ、付き合った日のこと、と頭の中から古い記憶をひっぱり出しているうちにひなたくんの顔がずいと近付いてきた。
「思い出させてあげよっか?」
あぁ、これは逃げられないやつ。直感的にそう思った時には時すでに遅く、私の唇は奪われていた。頬が熱くなる。足が動かない。
手に持っていたはずのプリントはいつの間にか床に散らばっていて、彼の舌先が私の口内に侵入しては蹂躙していく。忘れてなんていないのにと抗議の気持ちを込めて彼の胸元を叩くと満足そうにひなたくんは笑っていた。こんないきなりはあんまりだ。
唇が離れていくとなんだか気が抜けてしまって私は力なくその場にへたりこんでしまう。
「そんなによかった?」
「もう!調子に乗らないの!」
一緒になってしゃがみこんで、からかってくる年下の彼についつい語気が荒くなってしまう。そんな私をなだめるようにジャジャーンと制服のポケットから取り出したのは折りたたまれた紙片だった。
「まぁまぁ、せっかくデートに誘いに来たんだから笑って笑って」
「お祭り?」
開いて手渡されたのは隣町の夏祭りのチラシだった。もちろん一緒に行ってくれるよね?というひなたくんからのデートのお誘いに乗らないわけはなかった。
夏祭りなんて何年振りだろう。待ち合わせ場所の神社の近くで私は一人そわそわしていた。待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。張りきりすぎて変じゃないかと浴衣の襟をちょっとひっぱったりして気を紛らわせていると、人混みの向こうに見知った顔を見かけた。
ひなたくんに夏祭りに誘われて数年ぶりに浴衣に袖を通したのが数時間前。どうせならばとかんざしで髪をまとめたのが数分前。そしてここに一人、髪をまとめたおかげであらわになったうなじにやられた子がいる。
「わぁ……あんずさんがえろすぎる……!」
来て早々にひなたくんは私を見てそう呟いた。
聞こえてしまったその呟きに苦笑が漏れると彼はバツが悪そうにそっぽを向いてしまった。私としては知らなかったフェチを知れて良かったんだけれど、本人はそうではなかったようだ。
いきなりのキスといい、こういうことといい、ひなたくんも男の子なんだなぁと改めて認識するとなんだか愛おしくてたまらなくなり自然と頬が緩んでくる。
「それじゃあ、行こっか?」
差し出した手を取ってくれたひなたくんの手は夏のせいも相まってとてもとても熱かった。
[mokuji]