にわとりとたまご

 最近身体がダルイ。
 
 ここ二週間は恋人である凛月くんと授業の合間を縫って一緒になってお昼寝をすることが増えたのは気のせいじゃない。プロデュースや衣装製作で寝不足が祟った可能性が高いとクマが取れない目元をファンデーションで隠しながら思う。
 どうしたものか。こんな誤魔化しをしたところで目敏い"お姉ちゃん"や"お兄ちゃん"はすぐに気付いてしまう。頬をパチリと叩いて憂鬱な空気をなんとか払いのけてトイレを出たもののやはり気は重かった。

「今回のドリフェスが一段落ついたら一回暇をもらってゆっくりした方がいいのかな……」

 言葉に出したところで現実的には無理に等しいのは分かっている。私自身、そもそも休んで大人しくしているところを想像できない。
 強い眠気にふぁあ、と欠伸をこぼしそうになって慌てて噛み殺す。どちらにせよ、早くやるべきことを終わらせて家で眠りたい。話も今後もそれからだ。

「あんず!その間抜けな顔なんとかならないわけぇ!?」
「う……すみません」

 レッスン室に戻ってすぐに瀬名先輩の厳しい言葉が飛んできて身をすくめた。見られていないと俯いて欠伸をしたらすぐにこれだ。お姉様も疲れているんですよ、なんてフォローしてくれた司くんに感激して涙が出そうになる。
 瀬名先輩に嫌味たっぷりに睨まれて、司くんには心配されて、こういうときにこそ彼女のことを心配してくれるような彼氏だったらよかったんだけれど、相変わらず彼は寝ている。うるさくしているのによく寝れるなと感心するくらい、そりゃあもうぐっすりと。
 もっと言うとさっきのレッスンも寝ていたのではないだろうか。私だって寝たいのにそんな気も知らないで気持ちよさそうに眠る彼に少しだけ心の奥が暗くなった。
 結局、そんな彼が目を覚ましたのは、レッスンが終わった後だった。ゴロゴロ転がったまま、んーっと伸びをして目だけパッチリ、こちらを見ている。

「よく寝た〜」
「あ、そう……」

 睡魔と格闘しながら衣装作りや雑事をこなしていた私へのあてつけのようににっこり微笑む彼に聞こえないように悪態をつく。これが彼の日常なのだからどうこう言っても仕方がないのだが、何気ない仕草に気が立ってしまう。
 余裕がないことがまわりにも伝わってしまうから、そこはちゃんと割り切らなければならないというのに情けない。

「あんず〜」
「……何?」

 いつもの調子でねえねえと擦り寄ってくる彼をかわしながら片付けをしていると何を思ったのか変な質問をぶつけてきた。そのあまりの内容に一瞬で頭が真っ白になったのは言うまでもない。

「アレ、来てる?」

 凛月くんは他にも人がいる場で一体何を言っているんだろうか。声のトーンを抑えたからと言って今ここで言うべきことではない。確かに不摂生を極めていて更にはストレス、プレッシャーで最近ご無沙汰になっていたからその質問にギクリとした。
 いくらいろんな出来事に対して落ち着いて対処を出来るようになってきたとはいえ、これはさすがに無理だとすぐに思考を放棄した。

「赤ちゃん出来たかなぁ」
「はい?」
「ちょっと、凛月ちゃん」

 ふるふると震える私を見かねたお姉ちゃんが助け船を出してくれるけれど私はそれどころではない。付き合い初めてからそれなりに経っているし、身体を重ねたことも一度や二度じゃないけれどきちんと言い聞かせて避妊してもらっているはずだった。
 いつもの不順だと気にしていなかったのにとんでもない爆弾でも落とされたみたいでキッと凛月くんを睨みつけてもどこ吹く風。ちっとも私の方を見ようとしない。

「ちょっとぉ、クマくん。こいつの寝込みでも襲ったわけ?」
「流石にそんなことしないけど〜来てないみたいだからなんか失敗して出来たかなって」
 
 なんか失敗しちゃったかなって、そんな軽いノリで言われても困る。先ほどから冷や汗が止まらないのをどうにかして欲しい。

「あ、あんず。心当たりがあるなら検査薬使ってみてね〜」

 笑みを浮かべながらひらひらと手を振る彼が信じられない。不安が拭えないのなら初めからするなと怒られてしまいそうだけれど、してしまった後ではもう遅い。
 そんな凛月くんの態度に本当に出来ていたらどうするつもりなんだ、と私の気持ちを代弁してくれた瀬名先輩の方を縋るような目で見つめる。

「そんなの決まってるじゃん。結婚して養うけど?留年してるからもう結婚できる年齢だし〜」
「見上げた根性だねぇ……」
「鶏が先か卵が先か、でしょ?きっとセッちゃんが俺と同じ立場なら同じようにしてると思う」

 同じにしないでくれる?なんて癇に障る声色で彼を黙らせる先輩。凛月くんにとっては私と結婚して子供を設けるのも、子供が出来て結婚するのも同義らしい。
 即答で堕胎を勧められるよりマシではあるだけれど、どこまで本当なのかイマイチ掴めないから喜ぶに喜べない。だいたい学生同士なのだから両親が許すわけないのに、もしかしたらと期待する自分にも嫌気が差す。家に帰って寝る前にやることが一つ増えたようで果てしなく気が重くなった。

 ここなら誰にも会わないと、家に帰る前にこっそりと立ち寄ったのは学校からも家からも遠いドラッグストア。制服姿でお目当ての妊娠検査薬に手を伸ばすことが出来ずに、それがおいてある通路を素通りすること二回。結局、恥ずかしさに負けて買うに至らず、ため息混じりに店内を後にした。
 やはり、こういうものを買うなら私服のほうが都合がいい。夢ノ咲の生徒がそんなものを買っているなんて知られたら、私どころかみんながタダじゃ済まなくなってしまう。少し軽率だった。

「やっぱりいた
「ひっ……!?」

 不意に声をかけられて心臓が大きく跳ねる。それにつられて大きな声が出そうになるのを少し冷たい彼の手によって塞がれてしまい体をじたばたとさせて抵抗する。

「俺だから。落ち着いて、あんず」
「り、りつ……?」

 学校から離れていて、しかも遅くまでやっているようなドラッグストアはここくらいなものだからと名探偵ばりの推理を披露する彼に心臓がうるさくなった。いくら彼氏といえども会いたくなかったのが本音だ。
 そういえば、検査薬は買えたのかと尋ねてくる彼に静かに首を振ることしかできず、恥ずかしさと不安なようなものとでお腹の奥が重くなってきた。

「……んー。残念」
「今度は何かな」
「あんずから血の匂いがするなーって」

 私に近づいてすんっと鼻を鳴らした彼にいったい何が残念なのかと叱りつけたい気持ちをグッと堪えて、お腹の重たさの原因を確かめに今度は二人で店内に入ることにした。


***


 あのあと結局いわゆる女の子の日がきて、心配は杞憂で済み凛月くんに家まで送ってもらった。それからみんなの善意で束の間の休息をとることができた。

「先日はうちの凛月くんがお騒がせしました」
「え〜」
「ほら、一緒に!謝るの!!」

 休み明けすぐのKnightsのレッスン日にみんなが集まるスタジオで不満そうにむくれる彼の頭をぺしっと軽く。瀬名先輩のねちっこい視線に身を縮こませながらみんなに謝罪する私に凛月くんがあからさまに機嫌を悪くさせた。

「あんずは俺との子供が出来たら嫌なわけ?」
「今はそういうこと言ってるんじゃないの!」

 なんかリッツとあんずのところは子沢山そうだなっ!と便乗してきた月永先輩はすぐさま司くんによって廊下に追放されたけれど、話をこれ以上ややこしくしないで欲しい。欲しい欲しくないの話だけなら欲しいに決まってる。ただ、今この学生のタイミングだと困るだけで。
 痺れを切らした瀬名先輩に痴話喧嘩なら他所でやってと叱られるまで私と凛月くんの言い争いが続いたのはまた別の話。







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