報われるだけが恋じゃない


 お昼休み、カフェテラスに来ていただけますか?
 人で賑わう昼時のカフェテラスに私は呼び出されていた。わざわざ手紙を下駄箱に忍ばせなくても、スマートフォンでメッセージでも送ってきたらいいのに、なんの用事だろう?なんて首を傾げたものの律儀に待ち合わせ場所で彼のことを待っていた。
 送られた手紙の意味を深く考えず暢気に捉えていた自分を叩きたい。何も考えられない。私の頭はオーバーヒートした。

「お姉様。この朱桜司、あなた様のことをお慕い申しております。どうか私と付き合ってください」

 どよめき立つ人の波を縫って私の前に現れた司くんはとてもステキな笑顔で私にそう告げた。
 それは鈍感で無頓着な私にでもはっきり分かる紛れもない告白だった。一瞬でカフェテラスが何事かと騒然となる。一緒にバラの花束を渡されていなかったら、愛の告白だなんて思いもせずにいいよと即答していたと思う。
 周りからの視線が痛い。何か答えなければならないけれど今すぐにここから逃げ出してしまいたい、そう思った私は差し出された花束を受け取ったまま走り出していた。あの子フラれた!?なんて言葉が走っている最中に耳に入ってきたけれど、そんなものに構う暇もなく早くこの場から離れたい一心で駆け抜けた。
 胸が苦しいのもバクバクするのも走ったせい。告白されたからじゃない。そうやって必死に自分の感情を奥へ奥へと押し込む。そうしないと今まで築き上げてきたものが壊れてしまう気がして怖かったから。

「あんず……?」
「助けてっ」

 走ることに疲れてきたころ、ちょうどよく廊下にいた北斗くんに助けを求めた。日頃の運動不足が祟ったとかいろいろ思う節もあるけれど、そんなことはあと。
 今は彼に合わせる顔がないからどこかに身を隠さなければならない。彼の性格的に答えを聞くまで何度でもまた私を追ってくるだろう。

 私が連れてこられたのは自分の隣の教室。自分の教室にいるよりかは少しはマシかもしれないと思ってのことだった。

「テラスであんずに告白するKnightsの一年を見かけたけど、やり口がなんつーかよ、羽風……先輩とたいして変わらねーぞ、あれ」
「そうなのよねぇ、アタシも見たわァ。人の恋路とはいえ今はまだあんずちゃんにはみんなのものでいてもらわないと困るのよね」

 本人を目の前にしていう?とも思わなくもないけれど、お姉ちゃんの言っていることは正しい。私は誰か特定の人とくっついちゃいけない。そう思うほど胸の奥をぎゅっと締めつけられるような感覚が襲ってきて苦しくなる。
 そんな私を気遣うようにみかくんがおろおろしながら飴玉をくれて慰めてくれる。

「俺ちょっとス〜ちゃんのこと見くびってた」

 凛月くんの言うことも分かる。
 衆人観衆の前でパフォーマンス的に告白なんて、いくらなんでもしないだろうと思っていた。けれども、そんな幻想を壊すように伏見くんが本当は朱桜の坊っちゃまはフラッシュモブをして告白したかったようですよ、なんて言い出して頭がくらくらしてきた。
 これは私が司くんのことを理解していなかっただけなのかもしれない。それと同じように司くんも私のことを理解していなかったということになるけれど、彼を止めてくれた人に感謝をしておきたい気分だ。

「あかん……そんなんされたら死んでまう」

 ボソリと呟き、私の隣にいるみかくんの顔がひくひくと引きつった。つられるように私も苦笑いをして返す。
 真緒くんにどうして逃げてきたんだと聞かれても、恥ずかしかったからとしか答えられなかった。司くんのことが嫌いなわけじゃない。むしろ好意は持っていたし、いつも異性として意識しないように気をつけていたほどなのだ。
 ちゃんとムードが整ったところで告白されたら、と思ったがその先を考えるのはやめた。たらればなんて逃げてきた今ではまるで意味がないことだから。

「キャシーがこっち来たって!」
「ごめんね、ありがとう」

 廊下を見張っていたスバルくんが司くんが二年生のクラスがあるフロアにやってきたこと教えてくれる。謝罪の言葉を残して私は他に身を隠せそうな場所を目指して、教室を出て行く。
 教壇に置きざりした赤いバラが私を睨めつけているように感じて、後ろは振り返れなかった。

 いろんな人を巻き込んでしまったことが心苦しい。それもこれも司くんのせい。私の平穏な学校生活を返して欲しい、最初からなかったかもしれないけれどそれは置いておくとして。
 ここまで来たら安心、そう思ってやってきたのは更衣室代わりに使っている資料室。ここならいくらなんでも司くんもこないだろう。

「ああ、お姉様こんなところにいらっしゃったのですね?Leaderのお陰で逃げる方を探すのは得意になってしまいました」

 私は慢心していたんだと思う。安心だと入った資料室で数分もしない内に彼の声が聞こえてきた。どきりと胸が跳ねて恐る恐る振り向くと、髪を振り乱した彼がはにかむように微笑んで佇んでいた。
 そんなに真剣に私のことを探していたのかとも思うけれど、気は抜けない。

「なんで……」
「お姉様が導いてくれたのですよ?」

 ここにいるの?と言い切る前に彼は笑顔でそう言ってのけた。

「私……」
「先ほどのことは謝りますので、もう一度私にチャンスをください!Surpriseで告白をすれば記憶に残る忘れられないものになると思ったのです。喜んでいただけると思ったのです!でも、返事をもらえなければそもそもお姉様と付き合うことは出来ませんし、ただただお姉様に恥ずかしい思いをさせてしまっただけ……申し訳ありません」

 ジリジリと距離を詰める彼から逃げようと後ずさるも壁に阻まれこれ以上は後ろに下がれず、所謂壁ドンのような構図になってしまう。

「これ以上はダメ……」
「お姉様、いえ……あんずさん、どうかこの司に返事をいただけますか?」

 藍色の瞳にまっすぐ見つめられ、目を逸らすことが出来ない。逃げるだけではダメ。きちんと彼と話をしなくてはならない時が来た。
 私は司くんと……付き合うことができない。どんなにそれが残酷なことだとしても私は誰かのものにはなれない。誰からの寵愛も独占も受けない。
 彼がアイドルで私がプロデューサーである限り、ずっと私はあなたの好意に応えることができないときちんと伝えなければならない。

「ごめんなさい」
「……あんずさん」
「あなたとは付き合えません」

 震える唇で自分の気持ちを込めた言葉を紡ぐ。司くんの表情は窺い知れない。
 きっとその気にさせるようなことばかり言っていたから罰が当たったんだ。

「そう……言われることは、分かっていたはずでした。でも、どうしても伝えたかった。結果としてあんずさん……お姉様に辛いことを言わせてしまいましたが」
「ごめんなさい……」
「今だけはこうすることを許してください」

 司くんに抱きしめられる、そう思いぎゅっと目を瞑ったけれど触れられもせず遠ざかる気配に恐る恐る目を開ける。やっぱりこのまま去ります、と目を開けた私にそう言って彼は資料室から出て行ってしまった。
 ヘナヘナとその場にへたり込むとひらりとバラの花弁が舞い落ちた。司くんを導いたのは私じゃなくて、この赤いバラかと思うと少し気分が落ち込む。
 これでよかったはずなのに、なぜだか私は見送った彼の背をいつまでもぼんやりした瞳で追いかけていた。
 
 



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