CANDY

 あんずさんと付き合って三ヶ月が過ぎた頃、俺は一人で悶々としていた。それは彼女が仕事大好き人間のせいで彼氏彼女の甘いひとときが全く訪れないからである。甘いものといえば口の中に入っている飴玉くらい。
 悲しいけれど覚悟はしていた。返礼祭でも仕事が欲しいとねだるような彼女だから諦め半分。それでも付き合えば何か変わるだろうと淡い期待を寄せていたのも、また事実で現実はなんて厳しいんだろうかと涙が出そうになる。
 彼女は今、俺の部屋で隣に座って俺達以外のユニットの衣装を縫っている。一応一緒にいる時間は増えたとは思うのだけれど鬱屈した気分が晴れることはない。


「……あんずさーん」


 名前を呼んだところで彼女の耳には届いていないようで、その集中力に脱帽する。ただ少しイチャイチャしたり、デートをしたりしたいだけなのに物凄く困難なことに思えてくるから不思議だ。
 でも、考えようによってはこれだけ集中しているのだから多少イタズラをしても気付かないのではないだろうか?という欲求が出てきた。キスしていい?なんて呼びかけても無反応。無視ではないと思いたいけれど表情が変わらないから真偽のほどは分からない。試しに本当に頬にキスをしても無反応で、うん。いたたまれない。これは気が長い俺でも許せない。


「もう!あんずさん、こっち向いてっ」
「……っ!?」


 無理矢理彼女の顔をこちらへ向かせて唇を奪う。そして戸惑っている彼女の口内に飴玉を移してやるとぽかんとした表情を浮かべながら飴を舐め始めた。


「あ、……いちご味」


 ポツリと漏れた感想はキスの感想ではなく飴玉の味。てすよね、なんて少し不貞腐れながら他のも食べる?と聞くと彼女は小さく首を振った。


「飴はいらない……じゃなかった。ひなたくん、いきなりキスした?」


 ようやく身体ごと自分の方を向いた彼女に頷く。いきなりじゃないけれど、聞いていなかったあんずさんにとってはいきなりと取られてもおかしくはないだろう。すっごく虚しいけどさ。


「飴はいらないってことはキスはおかわりするの?」
「……しない、っ!」
「そんなに全力で拒否られると悲しいんだけどなー?」


 気を取り直して、気になったことを指摘してみれば顔を真っ赤にしながら身振り手振りして拒否される。そんなあんずさんが可愛くてついつい笑みがこぼれそうになりながらもしゅんとした顔をすればさらにあたふたして、ついつい襲いたくなるのも仕方がない。


「かまってよー、イチャイチャしよーよ」
「え、だめ……!」
「ん?なんでダメなの?」


 そわそわしてスカートの裾を直したりして……したいのかな。俺を男なんだと認識してくれているのは間違いないけれど、如何せん奥手というかなんというか。あんずさんから攻めてきて欲しいというのが正直なところなんだけど、こんなに可愛いあんずさんを目の前にして、せっかく部屋にいるのにお預けとかなんの拷問だろうね。この悶々とした気分はどうしたらいいんだろうか?
 当の本人は甘いもの食べ終え、満足して針仕事へ戻ろうとしているけれど、俺はどうなるの?また待ちぼうけは嫌なんだけれど分かってる?


「ひなたくん、こわい顔してる……大丈夫?」
「あんずさんが可愛い過ぎていろいろ我慢してるからつらいの!」
「ひぇ……」


 俺の様子を窺うようにして覗き込んでくる彼女の肩を掴む。半分八つ当たりだけれど、このくらい言わないと多分自覚しないと思う。いや、正直言っても自覚するか分からない。あんずさんニブイし。
 そんな彼女の手から縫いかけの衣装を取り上げて、針や鋏など危ないものを出来るだけ遠ざけてあげても、まだ状況が良く分かっていないらしい。


「……ちなみにイチャイチャ以上はダメなんでしょ?」
「う、うん。ひなたくんが卒業するまでは……」


 さっきの言葉を復唱して思考が停止した。少し待って欲しい。今なんて言ったのあんずさん。イチャイチャ以上のことをするのにあと一年半近く待てと?それに勝手にそんなこと決めているなんてどういうことなんだろうか。それ目的に付き合ったわけじゃないけれど、思春期の高校生男子にそれはあんまりじゃないだろうか。


「ほっぺに黙ってキスしても気付かないくせに……」
「え、いつ!?……わわっ」


 優しく彼女の軽い身体を押すと腹筋がなくて耐えられなかったのか、こつんと床に頭がぶつかった。少しだけ痛そうにしていたけれど、俺に押し倒されてもあまりバタバタしないあたり、信用されていることが分かった。その分今は少し心が痛い。


「これからいっぱいキスするけど我慢してね、あんずさん」
「なんで!ひなたくんおおかみなのっ!?」


 煽られると本当に食べちゃおうかな?なんて耳元で呟いてキスを落とす。散々待ちぼうけさせられた恨みと、初体験の日まで勝手に決められていたことへの仕返しとばかりに人の目に着きやすい首を中心に紅い花をどんどんと咲かせていく。
 ようやく危機感が芽生えたあんずさんは最初こそ抵抗する素振りをみせたけれど、次第に受け入れてなされるがまま俺に身を委ねてくれた。キスだけで腰を抜かしてしまうようなテクニックがあればよかったのだけれど、生憎そんなものはないので地道に思いつく場所にキスをしていく。


「うぅ……キス魔なんて、知らなかった」


 荒い息の下で恨みがましくそう呟く彼女に微笑みかける。俺をキス魔だというのなら、そうさせたのは間違いなくあんずさんだって分かってもらわないといけないよね。そう思いながら制服に手をかけるとそれは反則とばかりにぺちんと頬を叩かれた。
 ダメ?とアイドルらしく可愛くおねだりしてもきっぱりと断られたけれど、俺が素直に従うわけがないって分からないのものなんだろうか。


「まだまだ覚悟しててね」
「ひなたくんのおに!けだものっ!」
「どうせ我慢の利かないけだものですよ〜」


 ジタバタと暴れる彼女のネクタイを緩めてブラウスのボタンを二、三個外してやれば諦めたのかぐったりとしてしまった。乱れた着衣のままが一番そそられる気がして男の本能を奥へと追いやりながら、ごくりと唾を飲み込む。


「見られるの、イヤ……」


 この距離だから聞こえるような小さな声でそう訴える彼女の頭を撫でる。これじゃあどっちが年上だか分からない、と苦笑を漏らす。触ったりはしないから肩紐が見えてしまうのは我慢して欲しいと告げ、ワイシャツの下に隠れていた柔肌に吸い付く。
 もはやキスなんて可愛いものじゃなく、独占欲丸出しのマーキング行為になっているけれど、あんずさんは強く吸ったり噛んだりされて痛くはないのだろうか。キスをするたびに咲く紅い花を指でなぞりながら、本人へとその疑問をぶつけてみると朔間先輩や凛月くんに血を吸われるより平気だなんてあっさりと返すものだから、面白くない。


「それ、もう禁止」


 えっ、と驚きの声を上げた彼女の頬を無言で抓る。こんなのただのやきもちだ。確かに吸血鬼を自称する彼らならもっと乱暴にしているかもしれない。先輩の方はトマトジュースのストックを常に用意しておけばいいから、あとは弟さんだけに集中していればいいはず。明日にでもすぐに用意しておこうと心に決める。
 それにしても彼氏である俺がこんなに我慢しているのにあんずさんったらどうしてこんなにも無防備でいられるんだろう。仕事だってオーバーワーク気味だし、どこか大事なところが抜けているじゃないだろうか。いつまでこのままなのかと寝転がらされたままの彼女が不安そうに俺を見つめるが、やめるつもりはない。もしゆうたくんが帰ってきたらそのときは考えるかもしれないけれど、せっかくの二人きりなんだからもっと楽しみたいに決まってる。


「俺を満足させてね、あんずさん」


 満足させて、とは言ったけれど正確にはあんずさんから仕事をする気を奪えれば俺の勝ち。
 再び彼女の小さい口に吸い付いて、舌を忍ばせる。ゆうたくんが帰ってくるまで時間を忘れて二人で咥内に残った飴玉を溶かすようにいつまでもキスをしていた。
 




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