堅物くんと水着ちゃん

 ある日の放課後のことだった。

 敬人さん見てください、などと言って俺の前に現れたのはビキニ姿の楽しそうなあんず。どうしてこのような行動を取ったのかと考えるだけで頭が痛い。けれども、この連日の暑さと溜まりに溜まった疲労で彼女は、とうとうおかしくなってしまったと考えるのが妥当なんだろう。まったくもって度し難い。
 普段露出の少ない格好をするように言いつけてあるのに、このザマとは……夏は人を開放的にするというのも間違ってはいないのかも知れないな。しかし、チラチラと目の端に肌色が映り込み、目のやり場に困る。

「……似合いませんか?」

 不安そうに俺の顔を覗き込んでくるあんずから目を逸らす。似合うか似合わないかで言えば、似合う。認めてやる。だがそれを正直に言えないのも男心なのだ。
 察してくれとは言わないから、せめて服を着てくれ……と心の奥底で神に祈る。寺の息子なのに。

「……せっかく新しい物を買ったから敬人さんに一番に見ていただきたかっただけなのにな」

 しゅんとしながら、ひとりごとのように呟かれた言葉がやけに重い。
 どんな理由があろうとも今はあんずのことを直視は出来ない。何故ならばこの場は海ではなく、俺の部屋だからだ。
 新しい水着を一番に見せたかったのなら写メでも送ってくればよかったものをわざわざここで着用しおって……。俺がどんな気でいるか分かっていないのだろう。この天然女は。
 海で、しかも衆人観衆のもとであれば変な気も起こさなかったろう、おそらく。海から帰った後のことはおいておくとして。何度も言うがここは俺の部屋。ビキニなど見た目は下着と大差はない。真夏の太陽のような色味ではあるが、肌の白いあんずによく映える。
 だからこれは不可抗力だ。言い訳に過ぎなくとも。――とはいえ、体裁が悪いのも事実。白い肌を見て欲情したなど正直に言えない。ヘタをすると引かれてしまうだろう。

「……いつまでそんな恰好でいるつもりだ。体が冷える。服を着ろ」
「ちゃんと見てくださってないじゃないですか……っ」

 このまま見ておきたいとざわめき立つ本能を抑えこんで、少し冷たく言い離す。あくまで水着姿を見てもらいたいらしいあんずとは意見が対立し、バチバチと静かに争いの火花が散る。
 こんなにも、彼女は我が強かっただろうか?芯はあるとは思っていたけれど、こんな反抗的な態度は初めてのことだ。
 一瞬気を抜いたところで、身体がフッと軽くなった。気のせいでなければ、『えいっ』と聞こえてきて肩を押されたように思う。放っておけば、あんずは頬を膨らませてむくれていると思っていたのに、俺の視界がいつの間にか肌色のものに占拠されるとはどういうことだ。

「……」
「ど、どうですか?これでちゃんと見てくださいますか?」

 状況が飲み込めず、思わず呆けてしまうがこの女は俺のことを押し倒したのだ。ズレた眼鏡をかけ直したのは決して彼女の水着姿を見るためではない。断じて。
 自分の彼女ながら信じられない。どこにそんな行動力があった?いや、元々行動力はあったのかも知れないが、それが男女の仲に向かってくることはなかった。付き合ってふた月も経っていないから、まだ彼女のことを知り尽くせていなかったと言われればそれまでなのだが言葉が出ない。俺を押し倒したあんずはいそいそとマウントポジションを取り、俺を見下ろしている。
 ――さながら騎乗位のようだ、などと言えば叩かれそうだがこのような暴挙に出るなど思っても見なかったから新鮮に感じる。もっとも本人はそんなこと思ってもいないところが憎たらしいが。

「……降りないのか」
「降りて欲しいんですか?」

 すっかり気分を良くしたあんずが俺に微笑みかける。早く降りないかとそわそわして情けないが、これでもまだ俺たちは俗に言う大人の階段を上っていない。
 これ以上は目に毒だし、刺激が強すぎると思ったところで、ぐにっと下半身に甘い痛みが走ったと同時にこの世が終わったと感じた。

「……あの」
「なんだ」

 非常に言いづらそうに言葉を選び、視線を彷徨わせる彼女に開き直って先を急かす。情けないとも思わなくもないが生理現象だから慣れてもらった方が今後の役に立つだろう。

「お尻に、その……」
「……それがどうした」
「うぅー」
「貴様が悪いんだぞ」
「……敬人さんのえっち」

 恥じらいが似合う格好ではないが頬を赤らめ、今にも恥ずかしさで泣き出してしまいそうな彼女に更に熱を持ったのは言うまでもない。

 セミの喧しい声だけがいつまでも遠く聞こえていた。


***


 紆余曲折あって、不本意ながら彼女の水着を汚してしまい洗っている最中、制服を着直した彼女にその場で正座をさせた。もちろん説教をするために。本人はそれが不満らしくムスッとしたまま、明後日の方向を向いているが。

「何がどうして、こうなったのか簡潔に言え」
「……水着姿の私に欲情した敬人さんが、あの、その……え、えっちなことをしました!」
「違う……っ!そっちじゃない!それは済まなかったと言っているだろう!?」

 ぷるぷると震えながら情事の最中を思い出したのか言葉に詰まりつつ、弁解を始めたが俺が聞きたいことはそれではなく、そもそも何故水着を着てみせようと思ったのかということだ。こういうことは大事にしなくてはならない、と頭の中では理解していたのにも関わらず実際にはあんずを組み敷いて抱いてしまった。
 後悔こそしてはいないが、反省はするべき点だろう。スマートではなかった。……がっついてしまった。それこそ歳相応の一言で片付けられるくらいに。

「……お前は暑さで頭をやられたか?」
「敬人さんひどい。地味に傷つきますよ、それ」

 自分の余裕のなさや情けなさを棚に上げて、軽口を叩く。ついでにため息混じりに頭を振るとジトーっと効果音が付きそうなくらいにあんずに睨まれた。言いたいことがあるのなら、言えばいいものを……。

「後日、瀬名先輩や羽風先輩と天祥院先輩の家のプールに行ってきますね」
「おい、待て。なぜそこであいつらの名前が出る!?」
「他の先輩たちは、みなさん私だけプールの授業がなくて可哀想だと言葉をかけてくださいましたし、私の水着姿をお世辞でも見たいと仰ってくださいましたので」

 予想だにしなかった言葉と名前の羅列に思わず声が大きくなる。この程度のことに心を乱されるなどあってたまるものかと、いつもなら思うところだがそんな余裕もなく動揺を隠せずにいた。
 あんずは正気なのだろうか?本当に、あいつらにあんなあられもない姿を見せるつもりなのだろうか。神崎の言葉を借りるなら破廉恥の一言に尽きるぞ。

「やめておけ、そんな無謀なこと。何かあればどうするつもりだ!」
「何かってなんですか?私に何かをするのは敬人さんだけじゃないですか」
「そういうことを軽々と口にするな……っ!」

 男殺しとも取れなくもないような言葉を口に出して、何が目的だ。俺に嫉妬でもさせようとしているのだろうか……とも、思ったがあんずのことだからそこまでは考えていないだろう。あぁ、度し難い。

「プールにさえ行ってはいけないと仰るのでしたら、敬人さんが私を海へでも連れて行ってください」

 あんな磯臭いところへ何故好き好んで行かねばならない……と言いかけて、口をつぐむ。これは行くと言わない限り、不機嫌なままだろう。少しだけ、あんずのことを理解した。

「……考えておく」
「約束ですからね」

 不機嫌な彼女に気圧されて、やっとの思いで考えておくとは言ったものの、海へはしばらくは行けないだろう。悲しき男の性とはいえ、海などへ行くたびにあの可愛らしいあんずを思い出してしまえば、不都合を生じてしまう可能性が高くなる。それだけはなんとかして回避しなくては沽券に関わる。社会的に死ぬことになる。それだけはマズい。

「ふふ。楽しみですね、敬人さん」
「……あぁ」

 一年後か二年後かは分からないが、今日という日を何事もない一日と思える日が来たらその時はあんずを海へと連れて行こうと思う。本当にいつになるかは分からないが、ころころと表情を変える彼女を見ていたらそんな日も遠くはないような気がした。

 ふと窓の外へ目をやれば、いつの間にか喧しいと思っていたセミの声も静かになり、夜の帳が下りていた。





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