お好きなように

 久しぶりにあんずとゆっくり会える日が出来た。ここ最近忙しかったせいで一緒に帰るくらいしかしていなかったから何があるわけでもないけれど、どきどきしていた。
 家にお呼ばれして楽しく話していると不意に彼女がカレンダーを見てあっと声を上げる。どうかしたのかと聞けば、真緒くんの誕生日忘れてた。彼女失格だ。そういって涙ぐみ落ち込みはじめた。
 おめでとうの言葉すらなかったのは忘れられていたからだったのかと納得はしたものの正直少し寂しい。こいつも忙しかったし、もう過ぎたことだし仕方がない。ここは男として懐が広いことを示すべきだろうと頭を撫でてやる。

「泣くなよ、誕生日なんてまた来年も来るんだから」
「だって今年の誕生日は一回だけなんだよ?それなのに私……」

 確かに誕生日は一年に一回だし、そう何回も来てもらっちゃ困る。だからといって今にも泣き出してしまいそうなあんずをフォローしないわけにはいかない。

「プレゼント、用意できなかったしお祝いできなかったけど、私のこと好きにしていいから真緒くん許してね」
「いやいや、ちょっと待て」

 あんずの口から不穏な言葉が紡がれて、慌てて止める。私のこと好きにしていいからって、男に向かって何を言っているんだ。だいたいにして許すも何も怒ってないし。こんなこと言った相手が俺だから良かったようなものの他の奴だったら何されるか分かったもんじゃな――。

「〜〜っ、だから、あんず落ち着けって!!」
「落ち着いてるもん!」

 半狂乱になりながら、俺の手を取って胸に押し付けているあんずを叱りつける。ああ、もう柔らかい!むにゅってした!本当に同じ人間の体の一部なのか!?着やせするタイプなのか見た目よりもあるし……って、俺は何を考えているんだ。

「いい加減にしろ!」

 自分にも言い聞かせるようにもう一度叱ると目の縁に溜めていた涙をぽろぽろと零すあんずが目に入った。つい、大声を出してしまったことを謝りしゃくりをあげる彼女の背中をさすってやる。
 どうしてこうなったのかと先ほどから理解が追いついていない頭で考える。今までキス以上の関係になったこともないし、今日のあんずはどこかおかしい。

「真緒くん、嫌いにならないでね……」
「ならないからこんなに積極的なワケを教えてくれないか?」

 未だに手に残る柔らかな感触を忘れるように頭を振り、困惑していることを告げる。

「この間凛月くんがね、真緒くんとどこまでしたのって……」
「……は?」
「何もしてないよって答えたら、信じられないって言ってそれで」
「分かった。もういい……」

 ぽつぽつと凛月との会話を思い出しながら教えてくれるあんず。異常なまでの積極性は凛月に余計なことを吹き込まれたせいらしい。しかしなんであんずもそんなこと律儀に答えるんだろうか。
 とりあえず、あとで凛月はシメる。へらへらしてしらばっくれるだろうけれど今回ばかりは許さないと静かに怒りの火が燃え滾る。

「だから、真緒くん。見ちゃだめだけど触ってもいいよ?」
「だから、じゃないし、よかないだろ……」

 それに見ちゃだめ触るだけってどんな生殺しだ。ああ頭が痛い。蓮巳先輩の口癖が浮かんでくる。
 ここでもしも本能に負けたらどうなるんだろうか。あんずは俺に限ってそんなことはないと思っているかもしれないから、煽るようなことも言えるんだろうけれど。

「……真緒くんは、私に触りたくないの?」
「えっ」
「迷惑ならもう二度と言わない」

 不意に降ってきた言葉に驚く。あんずに触れたくないわけではない、むしろ触りたい。凛月の思い通りになるのが癪っていうのもあるし、こんなきっかけでいいのかってのはあるけれど触りたい。怖いのはあんずの言う"二度と"しないって言葉のほうだ。あんずは真面目で素直だからしないと言えば絶対にこの先こんな機会が訪れないということになる。それだけは避けておきたい。

「真緒くん。どうなんですか」

 じーっと穴が開きそうなくらい俺のことを見つめるあんずに白旗を振るまでそう時間はかからなかった。

「……触りたいです」
「うん。さっきのはどうでしたか」
「……柔らかかったです」

 悲しきかな、これも男の性。もう軽蔑されても仕方ないような気がする、というより恥ずかしすぎてあんずの顔が見れない。俺は何を言っているんだろうという後悔の念さえ渦巻く。

「もっと触ってもいいよ」
「うぇっ!?」

 もう少し嬉しそうにしたらいいのに、と再び俺の手を取って静かに胸に押し当てるあんず。指先にかすかに伝わる振動で恥ずかしいのは俺だけじゃなくあんずも一緒なのだと気づかせてくれた。触れていいなんて言わせて、その上それを拒否したり叱ったり余裕がなさ過ぎて格好悪い。

「もっと触ってもいいか?」

 こくんと頷いたのを了承と受け取って優しく胸を揉んでいくとそれに反応するようにぴくぴくと体を震わせ、声にならない声を上げるあんず。ああ、なんで胸ってこんなに柔らかいんだろう。
 でも、そろそろ切り上げないとまずいことになる。そう思い、すっと手を離すとあんずはその手を名残惜しむように追ってきた。

「真緒くん大丈夫?」
「大丈夫だと思うか?……血が集まるところが痛い」

 情けない自己申告なのは十分分かっている。でもここはあんずの部屋なわけで着替えとかおいていないし、今までこんなことしたこともないし雰囲気を味わうこともなかったから、避妊具の類も用意していなかった。そんな中で続きをするわけにはいかないからこの選択は正しいはずだ。
 あんずの家族と食卓を囲んだことがあったり、健全なお付き合いをしなければならないと無意識のうちに自分を押さえ込んでいたタガが外れてしまいそう。

「近いうちにリベンジさせて」
「は、はい……お手柔らかに……」

 そのときはきっと我慢できないだろうから、俺の家で。そう耳元で囁いてキスを落とした。




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