曇天



 どんよりとした曇り空が続く。ここのところずっとそんな天気ですっきりとする日がない。ピーっとアラームが鳴ってランドリールームからぼんやり外へと流していた目線を元に戻す。こんな空模様でユニットの衣装を洗っても外に干すことができず、流れるように乾燥機へと放り込んでおしまい。
 新入生が入ってきて、私の仕事も分散してしまい正直言ってやることがない。それに加えて最近は敬人さんとも連絡がつかないのだから私の心の中は外の世界と同じような曇り模様を描いていた。
 既読マークのつかないスマホの画面を見てなんてことのないメッセージなんだから返事の一つでもしてくれたらいいのに、と自分勝手なことを考えては溜息をこぼす。もうすぐ記念日なんだから少しくらい期待したっていいじゃないかと心の内側でもう一人の自分が声を上げるのを無視して私はスマホの電源を落とした。これからプロデュースへ行くのにいつまでもそのことを気にしているわけにはいかなかった。

「さ、仕事仕事」

 自分を鼓舞するように呟いた言葉は乾燥機の音に飲み込まれて消えた。きっと忙しい彼は自分の仕事で手一杯なのだ。

 それから数時間後、プロデュースも終えて帰ろうかと思いスマホの電源を入れると敬人さんからの着信が入っていた。突然の出来事に慌てて折り返すもコール音が続くのみで敬人さんが出てくれる様子はない。電話をしてくるなんて、そんなめずらしかおお
 このまま家に帰ってはいけないと胸騒ぎがして許可を得る前に夜道を駆けて彼の家まで来てしまったのだった。
 もう一度電話をかけてみるも出る気配はないが部屋の中からかすかに着信音が聞こえてきた。オートロックもないようなマンションでかちゃりと音を立てて回るドアノブに私の不安は最高潮に達する。

「敬人さん!!」

 弾けるように家の中へ入って入り口から近い順に明かりをつけていく。中にいる気配がするのにどこも明かりがついていないのが少し気味が悪くて、それこそ不審者でも潜んでいたらと思うと背筋に冷たいものが流れた。そろりそろりと部屋の中を進んでいく自分も傍から見ればなかなかに不審なのだがなりふり構っていられるわけがない。
 トイレにはいない、洗面所にもいない、リビングには散乱する栄養ドリンクと洋服。敬人さんはきちんとした人だと思っていたけれど部屋の荒れぶりを見て私は息を飲んだ。本当に何かあったのではないかと黒いモヤが心の内を占め、恐る恐る最後のドアを開けると床に倒れ込んだ彼がいた。

「大丈夫ですか!?」

 呼びかけても返事はなく、ぐったりとする彼に触れるとある異変に気が付いた。彼の体が異様に熱いのだ。どうしてこんなことになるまで一人でいたのかと胸の奥が苦しくなる。

「……すま、ない」

 咳込みながらかすれて出ない声で謝ろうとする彼に私は少しだけ苛立ちを覚える。こうなる前に呼んでもらえていたらと下唇を噛みながら上半身を起こし背中をさする。
 たぶん敬人さんは私に移しでもしたら申し訳ないと気を使ったんだと思うけれど、一人暮らしでさっきのように倒れている方がずっと困る。もっと頼ってくれてもいいのに。何のための恋人なんだろう。それが難しいなら家族だってなんだって呼べばいいのに、ともやもやとする心の内を隠しながら彼に声をかけた。

「体に力は入りますか?ベッドで寝ましょう」
「ああ……」

 ゆっくりと腰を支えてベッドに座らせる。熱が出て汗をかいたのだろうか少しだけパジャマが湿っているようだ。

「敬人さん、替えのパジャマや下着を出すので箪笥を開けさせてもらいますね?」
「それなら…………パジャマは下から二段目に、下着はその上の方に」

 自分で着替えを取ろうとしたのか腰を上げかけたが、私がじっと睨むと観念したように再びベッドに腰掛けた。最初から取ると言っているんだからこういうときくらい甘えてくれればいいのにと思いながら言われた通りに箪笥を開ける。
 その中からブルーチェック柄のパジャマを取り出す。パジャマはこれでいいだろう、以前私が誕生日に贈ったものだ。下着はその上だと言っていたと言われたとおりの引き出しを開けるがそこには下着は入っていなかった。
 これは見ちゃいけないやつでは……?
 私の頭の中が沸騰しそうになる。引き出しの中身は小物やアレが入っていたのでそっと引き出しを閉じる。大事なものだけど、未開封の箱入りのそれは羞恥心を呼び起こすには十分でそれに気が付いた敬人さんもまた短くあっと呟いていた。
 肝心の下着はその隣に入っていたので、パジャマと一緒に敬人さんに押し付けて私は一度微妙な空気が流れる部屋を出て扉を閉じた。
 付き合ってからもうすぐ一年。まだそういうことはしたことがなかったが年上の彼は一応考えてくれていたのだろう。変に意識すると顔が熱くなる。
 私はパタパタと手で顔をあおぎながらリビングの床に散らばる洋服を集めて洗濯機へと入れる。栄養ドリンクのビンも集めて袋の中に入れてゴミ箱の中へとしまう。

「彼女なんだし、そのうちそういうこともするのかな……」

 そのときはちゃんとできるのだろうか。いつか訪れるその時に少しの恐怖と夢を抱きながら立ち止まる私はごほごほと苦しそうに咳き込む声にハッとして現実へ引き戻されるのだった。





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