ここから始まる

 いろんな口実をつけて絵麻に泊まりに来ないかと誘ったとき、正直に言うとちょっとした下心もあった。でも、なんの疑いもなく泊まりに来る辺り、本当に兄貴としか思われてないんだなと少し悲しくなった。
 せっかく来てくれたのだから新作のゲームでも一緒にと考えていたのに急な仕事が舞い込んできて家に帰ってきたのにその対処に追われることになってしまい俺は頭を抱えていた。

「すまない、部屋の片付けやら色々させちまって」
「大丈夫ですよ、棗さん。その為に来たんですから!お仕事頑張ってください!」

 家にきた彼女は甲斐甲斐しく俺の部屋の片付けや掃除をして優しい言葉をかけてくれる。キラキラした笑顔が眩しくて俺は目頭を押さえた。くぅ……パソコン仕事で疲れた目に沁みる。実家に居れば、この笑顔を毎日拝めるのだから他の兄弟が羨ましくて仕方がない。       

「いや、でもそういうわけにはいかないだろ……」
「じゃあ、またゲームの試作品やらせてください。それでいいですから」

 なんとまぁ、欲がないことか。そんなんでいいなら、いくらでもやる。喜んでくれるのなら尚更。

「あ、そうだ。棗さんご飯とお風呂、どちらを先にします?」
「んー、飯だな」
「それじゃあ、用意しますね」

 一日だけだとしても自炊から解放されるのは嬉しい。仕事で疲れて帰ってきて何かを作るっていう行為はめんどくさい以外の何物でもない。それに絵麻の料理は旨い。
 その後、残りの仕事を片付けている間に手際よく作られた晩御飯を食べて満腹になった腹をさする。こう、なんというか、付き合い始めというか新婚のような空気感がとてもいい。

「洗い物は俺がやっとくから、お前先に風呂入れよ」
「……一緒に入らないんですか?」

 ぶっ、とまさかの爆弾発言に口に含んでいた思わずお茶吹き出してしまった。

「ふふ、冗談です。お先にお風呂失礼します」
「……あ、ああ」

 こいつも冗談を言えるくらいには他の兄弟に慣れたってことかと冷静じゃない頭で考える。本当に一緒に入れるもんなら入りたいけど、今はまだ問題しかない。なにせ俺たちはまだ付き合っていない。
 まだとは言ったが、告白したところで付き合える保証はちっともない。諦めたくないし、他の誰にも譲る気はなくても最後に誰を選ぶかはあいつ次第。
 俺は明日の朝、風呂に入ろう。変にあいつの残り湯とか考えてとてもじゃないけど風呂に入れそうにない。満腹になった腹を抱えてソファに寝転ぶと仕事で疲れた瞼は仕事を放棄して閉じてしまった。

「……棗さん?」
「ん……?」

 いつの間にかソファで寝ていたらしく絵麻に名前を呼ばれて俺は薄く目を開けた。寝ぼけた頭で目の前の状況を認識するとある疑問が浮かんでくる。

「………なんで俺の上にいるんだ?」
「なんとなくですね」

 風呂から上がったらしいこいつは何故か俺の上に跨がってた。下着やズボンを隔てているとはいえ、この体勢はどうかと思う。そろそろ降りてくれないか?と言えば絵麻はじっと俺を見つめてきた。乾ききっていない髪からぽたりとしずくが落ちる。
 そうしてくれないと俺の兄としての威厳がここで粉々に砕け散ってしまう。無防備な肢体に、いつ自分のそれが反応してしまうか分からない状況ははっきり言って怖かった。

「嫌って言ったらどうしますか?」
「……怒る」

 近づいてきた顔が俺を試すようなことを言う。もしかしたらこれは全部夢なのかもしれない。でも夢じゃなかった時のことを考えるとこの言葉しかなかった。

「じゃあ、降ります」

 表情も変えず、そう言うと絵麻は俺の上から下りて奥のベッドの方を向いていた。それにしてもなんでこんなに色々とぶっ込んで来るのかわからず俺は内心首を傾げる。
 その態度に思い当たる節はなく、とりあえず彼女の背中にお休みと声をかけると振り返ってキッと睨まれた。

「な、なんだよ」
「こんなに勇気出したのに。棗さんのバカ、鈍感。もう知らないです」

 そこでようやく俺は夢じゃないけど夢のようなルートに入っていたことを知り、ソファから飛び起きた。






[mokuji]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -