恋人-2

愛が入れてくれた紅茶を溢さないように慎重に歩いていると、部屋の前で思わず立ち止まった。
バイオリンの音が聴こえたからだ。
扉越しに聞こえる綺麗な音色。
僕はそっと扉を開けて部屋に入ったけど、君は弾くのを止めてしまった。

「弾いていても良かったのに。」

寧ろ、聴いていたい。
座布団に座ったまま弾いていた君は、バイオリンをケースの上に置いた。
何も言わないまま、自分の鞄をごそごそと漁り始めた。
鞄から出てきたのは、水色の封筒だった。

『これを見てください。』

僕は君の隣に座り、その封筒を受け取った。
宛先が英語だけど、何だろう?

『ずっと前から見せたいと思っていたんです。』

君の顔を窺うと、わくわくしたような表情をしていた。
封筒はハサミで開けた跡があったから、華代は既に中身を見ているみたいだ。
中から白い紙を取り出し、広げてみた。
やはり字体は英語だった。
英語は苦手じゃない。
ローマ字に目を通した。
桃城華代様
貴女の素晴らしい功績を称え、ロンドン国際バイオリンコンクールへのエントリーを許可致します。

「華代、これは…?」

『バイオリニストの世界一を決定する大会です。』

「凄いじゃないか…!」

『エントリー表はもう送り返しました。

出場は決定したんです。』

君は嬉しそうに笑った。
僕は驚いて開眼したままだった。
僕の隣に世界で戦うバイオリニストがいると思うと、優越感に包まれた。

「開催日程は?」

『来年の2月上旬の予定です。』

「!」

手術の2ヶ月後だ。
その頃、華代はこの世界の景色が見えているんだろうか。

『見に来て下さいね。』

君は敢えて手術の件には触れなかった。
笑顔の中に少し不安がある君を、明るい表情で見る事は出来なかった。
もし手術が失敗したらと思うと、心配になる。

『大丈夫です。』

まるで僕の心の中を読み取ったかのような台詞だった。

『確かに手術が失敗したら、私は精神的に如何なるか分かりません。

でも皆がいるから…大丈夫です。』

「華代…。」

『先輩だって傍にいてくれますよね?』

「勿論だよ。」

華代は何時ものように、綺麗に微笑んだ。
その笑顔が可愛らしいのに切なくて、僕は自分の鼓動が大きく聞こえた。
腕を伸ばし、君をそっと抱き締めた。

「君は本当に強いね。」

成功率が少ない手術を前に、こうして笑っていられるんだから。
華代は僕の背に腕を回してくれた。

『先輩がいるから…強くなれた気がします。

本当に感謝しているんですよ?』

「本当に?」

『如何して嘘をつかなきゃいけないんですか。』

君はクスッと笑った。
僕も安心して微笑んだ。





page 2/4

[ backtop ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -