prologue-4

「で、何時の間に帰ってきたんだい?

声をかけてくれたら良かったのに。」

僕の素朴な疑問だった。
雅は小さく笑った。

「声かけたんだよ?

でもお父さんってばアルバムをぎゅーってし始めちゃって、無視なんだもん。」

僕は思わず口が歪んだ。
雅はそれを見て苦笑したけど、すぐに口を開いた。

「この服、さっきおじいちゃんの家に遊びに行った時に見つけたんだ。」

「桃の家で?」

「うん、この前お母さんの部屋で見つけたの。」

華代の部屋で?
桃城宅には未だに華代の部屋が残っている。
亡くなった当時と殆ど変わらないまま残してある。

「叔父さんが着てもいいよって言ってくれたから、お言葉に甘えてみた。」

「そっか。」

叔父さん――つまり華代の兄、桃城武だ。
今も実家暮らしで、雅は時々遊びに行っている。
雅は着ている服を大事そうに見つめると、今度は僕の目をじっと見た。

「ねえ、お父さん。」

「ん?」

僕は相変わらずにこにこしていた。
でもそんな僕とは対照的に、真剣な目をする雅に少し疑問が湧いた。
雅はゆっくりと口を開いた。

「あたし、お母さんの事、全然知らないんだけど。」

「…!」

表情が一変した僕は、何時もは細い目をはっきりと開いた。
構わず雅は続けた。

「叔父さんに聞いても、不二先輩に聞けって何時も言うんだもん。」

「……。」

「もう大分前からお父さんに聞いてるのにまた今度ね、にこっ≠トするでしょ。」

にこっ≠ヘ口に出さなくてもいいよ。
心の片隅でそう思った。
雅は怒ったように続けた。

「あたしもう子供じゃないよ!」

「……。」

「ねえ、教えて?」

僕は黙り込んでしまった。
確かに、雅に華代の事を何度訊ねられても、焦らして話さなかった。
最後まで話す自信がなかったから。
話している途中で泣き出してしまいそうだから。
雅はずっと僕の目を見つめている。
そうだね、雅はもう17歳。
華代より1つ年上になったんだよね。
僕は決心した。

「ごめんね、今まで話さなくて。」

雅は黙ったまま顔を横に振った。

「何時か話そうとは思っていたよ。

でも勇気がなかったんだ。」

「……いいの。」

声に力が入っていない僕に、雅は困ったように微笑んだ。
その笑顔は本当に華代に似ていて、僕は胸に熱い何かが込み上げた。
それを気付かれないように、雅から視線を逸らした。
ベランダから注ぐ太陽光を見つめて、ゆっくりと話し始めた。

「これは、今から17年前の話――」



prologue end

2008.7.30




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