寂しがり (第4.5章)

空気が乾燥しがちな冬の日。
食事室は暖房が効いていて暖かい。
小夜は隣で朝食を摂るシルバーにさらりと言った。

『シルバー、今日デートしよう?』

「え。」

味噌汁の椀を取ろうとしているシルバーの手がピタッと止まった。
オーキド博士とケンジが目の前にいるにも関わらず、小夜はデート≠ニいう大胆な言葉を口にした。
小夜の瞳を見たシルバーは微かに頬を染めた。
一方の小夜はマイペースに提案を続ける。

『ポフレの材料を買いに行きたいの。

ついでにお散歩しよう?』

「今日は忙しい。」

オーキド博士とケンジの前というのもあり、恥ずかしくなったシルバーは小夜を突っぱねてしまった。
それに今日はポケモン用風邪薬の調合がある。
丸一日かけて集中する予定だ。

『ちょっとだけ。』

「駄目だ。」

『ケチ。』

シルバーはポケモン用の様々な薬を調合している。
冬になると、風邪を引くポケモンたちが多くいるのだ。
なるべく自然治癒を心掛けているが、余りに酷い風邪や感染症の場合に与えている。
頬を膨らませる小夜を他所に、シルバーは両手を合わせて言った。

「ご馳走様でした。」

「僕が片付けておくよ。」

「助かる。」

シルバーはケンジに感謝を告げてから、隣にいる小夜を待った。
毎日、朝食後は二人で一緒に部屋まで戻っている。
こうやって小夜が食べ終えるのを待つのはシルバーにとって恒例だ。
外見に反して食欲旺盛の小夜は、シルバーが食べ終わるまで延々とおかわりを続けるのだ。

『ご馳走様でした。

ケンジさん、何時もありがとう。』

「いえいえ!」

小夜に微笑まれたケンジは目を輝かせた。
小夜さんは天使みたいです、とケンジが言っていたのをシルバーは思い出した。
きっと未だにそう思っているのだろう。
小夜はシルバーと同時に席を立つと、不満げに言った。

『シルバー、本当にデートしてくれないの?』

「だから今日は無理だ。」

シルバーは先程よりも少しだけ強く言った。
オーキド博士とケンジの前で、何度もデート≠ニいう単語を使用しないで欲しい。
シルバーがダイニングテーブルの椅子をきちんと戻すと、その腕を小夜にわしっと掴まれた。
そして小夜はシルバーに正面からしがみ付き、その両肩をぽかぽかと叩いた。

『馬鹿馬鹿、ケチ…。

ちょっとくらいならいいでしょ…。』

上目遣いをされて怯みかけたシルバーは、小夜の身体を押して離そうとした。
だが小夜はしがみ付いたまま離れず、ぴっとりとくっ付いている。
可愛くて仕方ないという感情と、オーキド博士とケンジに見られているという羞恥がシルバーの中に入り混じった。
嗚呼、如何したものか。
シルバーは小夜の肩に片手を置き、眉を寄せた。
小夜は普段からシルバーと一緒にいるのを我慢するが、時折こうやって我儘になる。
すると事の成り行きを見守っていたオーキド博士が、珈琲を啜ってから言った。

「シルバー君、薬の調合を急ぐ必要はないぞ。

今日までに全て終わらせて欲しいと言ったのは、君の力量を試したかったからじゃ。

明日までに終わらせればよい。」

「え……。」

シルバーは呆気に取られた。
以前もオーキド博士に試された事があったが、今回もそうらしい。
そしてオーキド博士は相変わらず小夜に甘い。
シルバーは肩の荷が下りたかのように一息吐くと、感謝を口にした。

「ありがとうございます、博士。

小夜、行くぜ。」

半ば強引に小夜の手を取り、引っ張って部屋を出た。
小夜を引っ張りながら四階まで上がり、ずっと何も言わない恋人に振り向いた。
小夜は一変してにこにこしていた。
何かが込み上げたシルバーは立ち止まり、小夜を腕の中にきつく閉じ込めた。

『シルバー…?』

「そんなに俺と一緒にいたいのか?」

『うん。』

「この野郎。」

『如何してこの野郎なの?』

「お前が…。」

可愛過ぎるからだ。
その台詞は照れ臭くて続かなかった。
小夜に抱き締め返されると、胸が一層熱くなった。
シルバーの腕に無意識に力が籠り、小夜は小さく笑って言った。

『シルバー、ちょっと痛い。』

「我慢しろ。」

苦しい程の強い抱擁に、小夜は少しだけ身動ぎした。
それでもシルバーに離すつもりはない。

『楽しみだなぁ、デート。』

「ケンジはともかく、オーキド博士の前でデートとか言うな。」

『だってそうでもしなきゃデートしてくれないでしょ。』

「そんな事はない。」

『ある。』

「ない。」

『あるの!』

「ないだろ。」

『ある――っん…!』

小夜が頑固に言い続けようとすると、シルバーの唇がそれを阻止した。
不意打ちの口付けに、小夜は瞳を瞬かせた。

「煩い、黙ってろ。」

再度落とされた口付けに、小夜の紫の瞳はそっと閉じられた。
吐き捨てるような言い方とは裏腹に、シルバーの口付けは優しかった。
シルバーは小夜を構ってやっているつもりだった。
毎朝起こしに行くし、寝る前の口付けも忘れない。
当然のように手も繋ぐし、週に二回は肌を重ねる。
それでも寂しがり屋な小夜は出掛けるという時間が欲しいようだ。
今日は小夜の為に沢山時間を取ろう。

「早速行くか。」

『うん!』

二人は其々の部屋に戻ると、出掛ける準備を始めた。
ポケモンたちは妙に嬉しそうな二人に首を傾げたのだった。



2015.12.20




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