君の物

僕はこうなる事を分かっていた。
そんな気がするくらいに、僕の心はこの状況に動揺しなかった。
目の前には倒れている僕のカメックスがいて、シルバーのオーダイルがそれに対峙している。
審判をする小夜がシルバーの勝利を粛々と告げる声が遠く聴こえた。
まるで別世界にいるような感覚がしていたけど、シルバーの声で現実に返った。

「手応えがあった。

よく育てているんだな。」

シルバーはバトルで疲労したオーダイルを労い、その肩に軽く手を置いた。
至って冷静なシゲルはモンスターボールを手に取り、カメックスを戻した。
そして小夜の不安そうな視線を感じながら言った。

「僕の負けだ。

潔く認めよう。」

サトシに勝てなかった自分がシルバーに勝てる筈がないとは思っていた。
シルバーは特殊な境遇を持つ小夜を傍で支えているトレーナーだ。
相当な訓練を積んでいるに違いなかった。

「二人共、よく闘ったのう。」

ベランダのガラス窓の方角から朗らかな声がした。
三人はバトルを観賞したであろうその人物に視線を遣った。
冷静な小夜とは対照的に、シルバーとシゲルは目を見開いた。

「博士。」

「おじい様…!」

其処にはオーキド博士とケンジがいた。
ケンジは感動の眼差しで拍手をしながら言った。

「良いバトルだったよ。」

小夜がそれに頷いた。
シゲルはふうっと一息吐くと、シルバーの目を見た。

「ゴーストのモンスターボールはおじい様に預けてあって、この研究所に保管してある。

おじい様、持ってきて貰えますか?」

「もう持ってきておる。」

オーキド博士は白衣の内ポケットからモンスターボールを取り出した。
その白衣は小夜から貰った物だ。
シゲルはモンスターボールを見て目を見開き、驚いた様子を見せた。
そして少し悔しそうに言った。

「僕が負けるのを…分かっていたんですか?」

「違う。

たとえどのような結果になろうとも、お前ならシルバー君にゴーストを渡すと思っておったんじゃ。」

シゲルはまたしても驚いた。
そんなシゲルにシルバーが尋ねた。

「……そうなのか?」

シゲルはまるで誤魔化すかのように苦笑してみせた。

「まぁね。

ゴーストが君を信頼の目で見ているのを見た時に…渡すと決めていた。」

立ち尽くしていた小夜は脚元に甘えてきたエーフィに気付くと、その小さな頭を撫でた。
エーフィはやっと落ち着いた表情を見せた小夜に安堵した。
その間、シゲルはオーキド博士の元まで歩み寄ると、ボールを受け取った。
そして次にシルバーの元へと歩み寄り、それを差し出した。

「君の物だ。」

シルバーは覚悟を決めるかのように一拍子置いてから、無言でそれを手に取った。
軽い筈のボールが重く感じた。
そしてポケモンたちの中に紛れているゴーストに、ゆっくりと視線を向けた。
ゴーストは呆然としている。

「今からお前は俺のポケモンだ。」

シルバーは何時ものようにふっと笑ってみせた。
胸が一杯になったゴーストは視界がぼやけた。
それが涙のせいだと気付いたのは、クロバットに泣かないでと言われたからだった。
ぼやけた視界の中、困ったように笑うシルバーが見える。
ゴーストはごしごしと両目を擦り、笑ってみせた。
そしてすかさずシルバーの隣に浮遊すると、シゲルと向き合った。

“…シゲル、ありがとう。”

シゲルは穏やかに微笑んだ。

「幸せになりなよ。」

“うん!”

ゴーストはとびきりの笑顔を見せた。
するとオーダイルが喜びを隠し切れずに言った。

“やったね、ゴースト!”

シルバーのポケモンたちは感極まり、ゴーストの傍に集まってきた。
何時ものように和気藹々とし始め、ゴーストを歓迎した。
小夜とそのポケモンたちは温かな表情でそれを見守っている。
シルバーはシゲルに言った。

「必ず大切にする。」

「君なら大丈夫さ。」

シゲルは片手を差し出した。
もう一度、握手のやり直しだ。
一瞬驚いたシルバーは口角を上げると、しっかりとその手を取った。

「ゴーストを宜しく頼むよ。」

「ああ。」

「小夜の事は諦めないけどね。」

「フン、望むところだ。」

小夜は瞳を瞬かせ、首を傾げた。
未だに意味を理解していないようだ。
シルバーとシゲルは半ば呆れながら苦笑した。
小夜がシゲルの恋心に気付くのはまだ先になりそうだ。
一方のエーフィは溜息を吐いたが、一件落着だ。
今はゴーストがシルバーの手持ちになった事を素直に喜ぼう。
ポケモンたちの喜ぶ声が何時までも聴こえていた。




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