共に-2
テレポートでオーキド研究所の庭に降り立った時、待っていたであろう恋人の姿が其処にあった。
優美な紫が駆け寄ってくると、両腕を広げてその身体を受け止めた。
『おかえり。』
「……ただいま。」
シルバーは固く目を瞑り、心の中でラティオスに深く謝罪した。
こんな自分でなければ、快く歓迎したというのに。
罪悪感で胸が締め付けられるように苦しい。
小夜は抱き締められたまま瞳を開け、シルバーの肩越しにネンドールを見た。
ネンドールにもおかえりなさいの抱擁をしたいのだが、シルバーの腕の力が強く、離してくれない。
『おかえり、ネンドール。』
“ただいま。”
この数ヶ月で二人が寄り添う姿に慣れたネンドールは、動じる事なくゆっくりと頷いた。
シルバーにぎゅっと腰を引き寄せられながら、小夜は嬉しそうに言った。
『お友達を連れてきたのね。』
「……………。」
『怪我してるみたいだけど、大丈夫?』
「………………は?」
シルバーは目を開け、身体が硬直した。
まさか、そんな筈は……。
体勢を変えないまま、ネンドールとは逆方向を見てみる。
「嘘…だろ…。」
其処にはいない筈のラティオスがいた。
二人が抱き合うのを見て、顔を真っ赤にしている。
『シルバー、そろそろ離して。』
シルバーは何も言わないまま腕の力を抜き、頭の思考回路が停止した。
我に返った瞬間、ネンドールを睨んだ。
「まさかお前が…。」
ネンドールは無表情だが、胴体と分離する両腕を軽く動かしてみせた。
テレポート直前にラティオスに触れ、此処に連れてきたのだ。
幾ら睨まれても、ネンドールはビクともしない。
小夜はその間にラティオスの大きな包帯にそっと触れた。
この丁寧な巻き方は間違いなくシルバーによるものだ。
『痛む?』
“い、いいや…。”
ラティオスはシルバーの恋人らしき少女に対し、思わず吃ってしまった。
紫を纏うこの少女は、なんと美しいのだろう。
紫の瞳は透き通り、ラティオスは我を忘れて吸い込まれそうになった。
実際に鎮痛剤の効果で身体に痛みはない。
それでも小夜は後々に消毒がてら診てやろうと思った。
とりあえず今はネンドールを睨み付けているシルバーに渡す物がある。
『はい、これ。』
「!」
小夜から突然モンスターボールを差し出され、シルバーは目元を引き攣らせた。
ネンドールは全てを小夜にテレパシーで実況していたのだ。
それを踏まえ、小夜はシルバーの部屋から空のボールを持ってきたのだ。
シルバーは再びネンドールを睨んだが、ネンドールは余裕の無表情だ。
『使うか如何かはシルバーが決めて。』
シルバーはそれをゆっくりと手に取り、深く溜息を吐いた。
「小夜、お前は如何思う?」
『私はシルバーとラティオスがいいと思うのなら、それでいいと思う。
ほら、スイクンもいるし。』
小夜は振り向いてみせた。
その視線の先には、何時の間にか小夜のポケモン全員が集まっていた。
エーフィですら否定する様子はなく、寧ろ微笑んでいるくらいだ。
シルバーは片手で頭を抱え、呆れた様子を見せた。
「ゲンガーの時と同じだが、簡単には迎えられない。
お前の事を話さないと…。」
『うん。』
小夜はラティオスに優しく微笑んだ。
『申し遅れたけど、私は小夜。
私の話を聴いてから、シルバーと一緒に行くかを改めて考えて欲しいの。』
ラティオスは真剣に頷いた。
伝説のポケモンであるスイクンを従えるこの人間は、本当に人間なのだろうか。
エスパータイプのラティオスは小夜という少女から不思議な力を感じた。
もしかすると、その事を今から話してくれるのかもしれない。
小夜は記憶削除を覚悟しつつも、ラティオスに自分の境遇を話した。
自分はロケット団の研究所にて造られた人造生命体であり、人間とポケモンの混血。
去年にも衝突したロケット団と再衝突する未来が、予知夢によって示されている。
シルバーはロケット団代表取締役である父、サカキとの因縁を断ち切るべく行動している事を明かした。
二人のポケモンたちは全員が庭に出て、二人の主人がラティオスに説明するのを聴いていた。
隣同士で芝生に腰を下ろす二人の前に、ラティオスはじっと浮遊していた。
『私のせいでシルバーについていく事を考え直してしまったら、本当に申し訳ないんだけど…。』
小夜は綺麗な瞳を伏せた。
むっとしたシルバーは小夜の額を小突いた。
シルバーの世界は全て小夜中心に回っているのだ。
小夜が気を悪くする必要などない。
ラティオスがシルバーの目を見つめ、シルバーはその目を見つめ返した。
暫くお互いに視線を逸らさずにいたが、シルバーが目を伏せてからふっと笑った。
ラティオスと会話をせずとも、ラティオスの考えが不思議と理解出来た。
「そうか…。」
シルバーは立ち上がり、ラティオスの前に立った。
「本当にいいんだな?」
ラティオスはしっかりと頷き、持っていたラティオスナイトをシルバーに手渡した。
シルバーはそれを手に持ったまま、新品のボールを腰のベルトから外した。
その中心のボタンを押して拡大させ、捕獲機能を発動させる。
ラティオスは再び頭を下げた。
もう何度目になるか分からないラティオスの頭の天辺に、シルバーは笑った。
ラティオスはシルバーに言った。
“君を信じている。”
小夜に穏やかな声で通訳されると、シルバーは目を見開いた。
―――君の事を、信じてる。
あれはコイルだったレアコイルを手持ちにする時だった。
ボールに入れる直前にレアコイルが言った言葉と、ラティオスの言葉は同じだ。
シルバーの心に燻っていたラティオスへの躊躇が消えた瞬間だった。
シルバーは微笑むと、ラティオスの額にそっとボールを当てた。
赤い光に包まれたラティオスはボールに吸収され、ボールの点滅が消えた。
シルバーは少しだけボールを見つめてからラティオスを放ち、改めてラティオスに向き合った。
「これから宜しく頼む。」
“此方こそ。”
ラティオスはシルバーの胸元に頭を付け、甘えるように擦り寄せた。
この人になら、身を任せられる。
今日という日を、ずっと待っていた気がする。
驚いたシルバーだが、少し照れ臭そうにラティオスの首を摩った。
歓迎ムードを必死に抑えていたオーダイルたちが、弾けるように明るくなった。
ラティオスに駆け寄り、我先にと自己紹介を始める。
ラティオスは目をぱちぱちさせ、一斉に話し始めるシルバーのポケモンたちにあっという間に囲まれた。
エーフィは小夜の隣で言った。
“賑やかになりそうだね。”
『うん。』
ロケット団に関わるであろう未来のある今は、不安がないといえば間違いなく嘘になる。
それでもラティオスが構わないと言うのであれば。
共に闘おう。
共に乗り越えよう。
歓迎の言葉を浴びるラティオスの表情はとても嬉しそうだ。
小夜はシルバーと目が合うと、二人で微笑み合った。
2016.10.23
←|→