気持ち新たに-2

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―――ﾋﾟﾝﾎﾟーﾝ


来客を知らせるベルがオーキド研究所に響いた。
だがインターホンには応答がなく、とある人物が門に現れた。
凛とした声が嬉しそうに言った。

『サトシ、ピカチュウ！

おかえりなさい！』

「小夜！」

小夜は門を開け、サトシに抱き付いた。
肩に乗っていたピカチュウが慌てて飛び退いた。
姉のように慕う小夜の強いホールドに、サトシは苦しげな声を漏らした。

「ぐ、ぐるし…。」

『あ、ごめんごめん。』

小夜は久方振りに帰省したサトシに無邪気な微笑みを向けた。
それを見たサトシは簡単に許してしまう。

『ピカチュウも此処まで長旅御苦労様。

疲れたでしょう？』

ピカチュウは愛らしい表情で小夜に挨拶した。
小夜は微笑み、サトシを催促した。

『入って。

博士なら部屋に呼んであるから。』

「サンキュー。

此処も久し振りだぜ。」

小夜とサトシは研究所の玄関まで歩いていくと、扉を開けた。
小夜が呼んであったというオーキド博士が迎えてくれた。

「オーキド博士ー、戻りましたー！」

「おお、サトシ！

ピカチュウも、無事に帰ってきて何よりじゃ。」

大らかに迎えたオーキド博士の背後から、ケンジがひょこっと顔を出した。
見慣れたバンダナがサトシを笑顔にさせる。

「おかえり。」

「ケンジ！」

一時期、サトシはケンジと旅を共にしていたものだ。
すると更にケンジの背後から長年のライバルの姿が見えた。

「やあ、サトシ。」

「シゲル、先に帰ってたんだな。」

「まあね。」

シゲルが今までのようにサトシを見下している様子はない。
ナルシスト染みた話し方もしていない。
サトシも幼馴染みとの再会を素直に受け入れていた。
お互いにポケモンリーグでバトルをしたばかりだし、久方振りという感覚はなかった。

「よお。」

サトシにとって本当に久方振りの声がした。
はっとした時、階段から降りてくる人物の姿を捉えた。
ハテノの森で共闘した人物だ。

「久し振りだな。」

「シルバー！

元気だった？」

「ああ。」

サトシはシルバーがこの研究所に滞在している事を知っていた。
オーキド博士からテレビ通話で聴いたのだ。
すると、サトシはとある事を思い出した。

「そうだシルバー、バトルしようぜ！」

「いきなりだな。」

「約束したじゃん。」

「そうだったな。」


―――次に逢った時は絶対にバトルしようぜ！


サトシは威勢良くそう言っていた。
シルバーがふっと笑うと、やる気充分のサトシが拳を握りながら言った。

「よし、それなら早速――うっ…！」

突然、サトシが前屈みになって腹部を押さえた。
シルバーが何事かと眉を寄せ、皆も慌てた。
だが小夜だけは微笑んでいる。
サトシは声を絞り出した。

「お…お腹空いた…。」

『ふふ、お昼ごはんの時間だものね。』

それを聴いたケンジが胸を張って言った。

「お昼ならこの僕が作ってあるよ！」

サトシが帰省した気配がする、と小夜が言っていた為、ケンジは腕を振るって多めに昼食を作った。
今日は野菜たっぷりのパスタだ。
やったぜ！とサトシがはしゃぎ、ピカチュウも同じように鳴いた。
小夜は穏やかに微笑み、シルバーの手を取った。
突然の不意打ちに、シルバーは赤面した。

『エーフィたちに言ってこなきゃ。』

普段の昼食は二人のポケモンたちと一緒だが、今日は別々だ。
羨ましそうな心の内を隠すシゲルが小夜に言った。

「僕らは先に食事室に向かっているよ。」

『うん、すぐ行くね。』

シルバーの腕をぐいぐい引く小夜は、慌てるシルバーを連れて庭へ向かう。
シルバーは微笑ましい視線に見送られ、誰もいなくなった処で小夜の手を握り返した。
すると小夜がシルバーの目を見てふわりと微笑んだ。
シルバーは再びの不意打ちで言葉に詰まったが、気を取り直して言った。

「賑やかになりそうだな。」

『そうね、でもサトシもシゲルもマサラタウンに長居はしなさそう。』

ライバル同士の二人はお互いに高め合う為に旅に出るだろう。
ポケモントレーナーとして強くなるには経験が必要なのだ。
二人の経験はまだ浅いし、何よりまだ若い。
ベランダの窓を開けたシルバーに、小夜が言った。

『予知夢の事はサトシにも話さないつもり。』

小夜が誰かを殺めてしまうかもしれないという予知夢の内容は、若いサトシには重いだろう。
それは当然シゲルも同じだ。
もし話してしまえば、二人は何とかしてみせようと小夜に協力したがるのも目に見える。
巻き込むのは避けたい。
シルバーは小さく頷き、神妙な表情をする小夜に言った。

「大丈夫か。」

『え…？』

何故大丈夫かと尋ねられたのか、小夜には一瞬分からなかった。
予知夢が現実となる日まで、もう半年を切った。
幼馴染みのサトシが帰省したばかりだというのに、現実的に予知夢の話をするのは小夜にとって辛いのではないか。
シルバーはそう気遣ったのだ。
揺らめくレースのカーテンの隣で、小夜は穏やかに微笑んでみせた。

『ありがとう。

平気よ？』

シルバーが傍にいるから、平気だ。
シルバーは小夜の頭に手を置き、優しく撫でた。
その手付きに安堵した小夜はシルバーの肩口に額を押し付けた。
温かな幸せを感じる。

『好き。』

「…俺も、好きだ。」

二人が身体を離したのは、ポケモンたちの冷やかしの声が聴こえてからだった。



2016.2.29



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