治療

シルバーは手持ちポケモンたちと一緒に小夜の部屋を訪れていた。
昨日は小夜の言う通り、自分の物となった部屋で大人しく過ごし、風邪は完全に完治した。
小夜に風邪が移っているような様子はない。
昨日も断然元気だったシルバーは、昨日の内に小夜からネンドールとの会話の内容を聴いた。
現在は小夜のベッドで足を投げ出しながら、何時も通りポケモンバトル上級者編≠流し読みしていた。

一方の小夜は部屋の片隅にある机で、クリップに留められた書類を眺めていた。
小夜の使用している机は作業用のものだが、学習机によく似ていて、温かみのある薄茶色をしている。
引き出しが三つ付いているシンプルな構造で、シルバーの部屋にオーキド博士が用意した机とは少し違う。
小夜の机には本立てがないのだ。
その代わり、この部屋には横四列で縦八段もある巨大な本棚が机の隣に設置されていた。
一昨日、シルバーがこの部屋を訪れた時には其処は空だったが、小夜が何時の間にか書物庫から必要な参考書や書類などを全て持ってきた。
小夜はこの研究所から初めて旅立った日に、この本棚にあった物は全て片付けている。
自由に此処へ帰ってくる事が出来るようになった今、本棚は収納という役割を再度果たしている。

『…………。』

全員に背を向けたままの小夜は、電気スタンドとデスクトップ型のパソコンが設置されている机の上で、時折何かを書き込んだり参考書を開いたりに至っている。
シルバーはそんな小夜を一瞥した。
オーキド博士の研究に貢献してきた六年間、ずっとこんな風だったのだろうか。

“これ、割れない!”

“貸して。”

ニューラが木の実を割るのに格闘していたが、バクフーンがそれを受け取った。
ひょいっと上に投げたかと思うと、小さな炎を口から放出してその殻を燃やした。
見事に中身だけがバクフーンの手に戻ってきた。
バクフーンはそれを持ったまま片腕を挙げ、毅然と鼻を鳴らした。
ジャジャーンという効果音が聴こえそうだ。

“おおー!”

ニューラが鉤爪をカチカチと合わせて拍手した。
この木の実は人間でも食べられる種類で、それを今日の夕飯に使用すると言った小夜に頼まれて殻を剥いていた。
竹編みのバスケットの中には、まだまだ沢山の木の実が入っている。
コイルが思い切ってソニックブームを繰り出すと、白の三日月型の刃が木の実に命中した。
殻が弾け飛び、それが顔面に直撃したバクフーンがけらけら笑った。
顎の力が強力なオーダイルは殻を中身ごと噛み砕いてしまい、結局食べてしまっていた。
殻はパサついていて、美味しいものではない。

“元気だな…。”

そう呟いたボーマンダは呑気に大欠伸をした。
その頭上には天井に足を張り付けて器用にぶらさがっているゴルバットがいて、翼を畳んで眠っていた。
嘗て洞窟でシルバーの額に体当たりしたゴルバットは、本来夜行性のポケモンなのだ。
大人しいエーフィとスイクンは窓際で日に当たりながら、何か話し込んでいるようだった。
何を話題にしているのだろうか。
その表情は何処か真剣だ。

この騒々しい部屋の中でも、小夜は集中していた。
一部の賑やかなポケモンたちに目もくれず、ひたすら作業している。
小夜が腰掛けているデスクワーク用の椅子にはキャスターと肘掛けが付いている。
必要な参考書を取りに本棚へ移動する際は、縦横無尽に転がるキャスターが便利な筈だった。
だが小夜はそれを使用しようとせず、すっと手を上げて一振りする。
すると本棚から本が生きているかのように浮遊し、更には目的のページを開いて机上へと向かう。
小夜は此処にある本の内容全てを把握していて、ページ数まで記憶している。

“何時までやってんだか。”

エーフィが小さな肩を竦め、中々休憩しようとしない主人を見た。
小夜は前々からオーキド博士も舌を巻く程の集中力を発揮し、人間離れした速さで内容をインプットする。
エーフィが小夜を尾で小突きに向かおうと腰を上げた時、その前をシルバーが通った。
小夜が再度手を一振りし、本棚の一番上に収納されていた書類が本棚から滑るように出てきた。
だが、それを受け取ったのはシルバーだった。
振り返った小夜は背後から見下ろしてくる顔を驚いた様子で見つめた。

『シルバー?』

「何時までやっているつもりだ。」

『ごめんごめん、寂しかった?』

「そうじゃない。」

『もう、照れちゃって。』

シルバーは口元を引き攣らせると、書類の表紙で小夜の頭をぺしっと叩いた。
小夜は怒りもせずに面白可笑しそうに笑い、机上で書き込んでいた書類を丁寧に纏めた。
それは一昨日の晩にオーキド博士から預かった物で、内容の要約と分析を依頼されていた。
シルバーは本棚から受け取った書類を小夜の机に置いた。

「念力を乱発するな。

外でボロが出るぜ。」

『大丈夫。』

「何が大丈夫なんだよ。

何度言っても聴かないだろ。」

疑いの目を向けてくるシルバーに、小夜はただ微笑んだ。
確かにセレビィの件もあってか、今までよりも念力を使用する回数が増えている。
能力が完全に戻った事を確認するかのように、ちょっとした用事でも頻繁に使用しているのだ。
シルバーの言う通り、旅に出るまでに気を付ける癖を身に付けなければならない。

『あ、そうだ!』

小夜の頭の中の電球がフラッシュのように光った。

『癒しの波導は?』

敢えて話を変えたのか、本当に今思い出したのか、シルバーにその真意は分からない。
小夜は椅子の向きを回転させてシルバーに向き直った。

「頼む。」

『分かった。』





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