話し合い-2

「何と!」

オーキド博士は二階の自室にて、シルバーが纏め上げた文書を見て感服していた。
同じ部屋にいるケンジはオーキド博士が散らかした本を本棚に戻したり、不要なメモ書きが紙屑となっているのを掃除していた。
ケンジがゴミ袋に紙屑を押し込む音が豪雨の音と重なって聴こえる。
シルバーはオーキド博士が用意してくれた背凭れのある丸椅子に腰を下ろし、オーキド博士から遠過ぎず近過ぎない適度な距離を保っていた。
机上でシルバーの文書を捲っていたオーキド博士は、回転する椅子でくるりとシルバーの方を向いた。

「君が読んで分かった通り、渡した論文の難度は高い。

何時根を上げるのかと思っておったんじゃがのう。」

「もしかして試したんですか?」

「その通り!」

シルバーが怪訝そうに眉を寄せたのを見て、オーキド博士は笑った。

「君はわしが思った以上に勤勉のようじゃな。

かなり専門的な事まで学んでいたのかな?」

「勤勉か如何かは分かりませんが、色々と学ばされました。」

サカキの下から失踪するまで、勉強は続けさせられていた。
次期代表取締役の第一候補であった為、専門的な知識を持つ家庭教師を付けられ、経済学や医学まで叩き込まれた。
だが内容を全て覚えている訳ではなく、勉強に熱心だった訳でもない。
何の目標もないまま、ただ漠然と勉強していただけだ。

「そうかそうか。

これは後程目を通させて貰おう。」

オーキド博士は依然と手に持っていた文書を机に置き、ケンジに言った。

「ケンジ、少し席を外して貰えんか?」

「あ、はい!

分かりました。」

ケンジはぱんぱんになったゴミ袋を両手で持ち上げ、扉の両端に引っ掛かりながらも部屋を出ていった。
オーキド博士とシルバーの間に、自分が聴いてはいけない話があるのだろうか。
そんな事を考えたが、気にしなかった。
数少ない派遣の研究員が作業をする一階の部屋に向かい、其処も掃除をしようと思い立った。
一方のシルバーとオーキド博士は、ケンジがいなくなると早速話題を変えた。

「さて、君がわしを訪ねたのはこれの提出の為だけではないじゃろう。」

「はい。」

シルバーはオーキド博士の目を見た。
其処には微かながらもユキナリの面影がある。

「今後、如何するおつもりですか。」

「小夜の事じゃな。」

小夜に関する話題だと分かっていなければ、ケンジに席を外して貰ったりはしない。
真剣な表情で頷くシルバーを前に、オーキド博士は腕を組んだ。

「逆に訊こう。

君は小夜の予知夢が必ず現実になると思っておるか?」

「可能性は高いと思います。」

「そうか、わしも同意見じゃ。

だがしかし、出来るだけ無理のない範囲で努力しようと思う。」

これがシルバーの最初の質問に対する回答だった。
会話の合間に時折雷鳴が鳴るが、二人はそれを全く気にしない。

「まだ先の話ではあるが、小夜が洗い出した日付の一ヶ月前から小夜を此処に匿う。

君とも距離を取って貰おうと思っておるが、君は最初からそのつもりかな?」

「はい。

…ですが、テレポートで逢うのも控えた方がいいという事ですか。」

「そう思っておる。」

予知夢に抗うには、其処で叫んでいるシルバーも小夜の傍にいない方がいい。
それでも離れて生活する間、時々逢うくらいならとシルバーは思っていたが、オーキド博士がそれを許さないようだ。
小夜は間違いなく寂しいと言うが、これは小夜の為だ。
シルバーはオーキド博士に逆らうつもりはなく、言われた通り忠実に従うつもりだった。

「離れて生活するまで、旅をするのは許そう。

だが常に慎重に行動し、此処へ頻繁に帰ってきなさい。」

「分かりました。」

オーキド博士は組んでいた腕を解き、片肘を机に乗せた。

「君はわしの手伝いをしたいと言っておったが、わしが今君に最も望むのは小夜の力になる事じゃ。

君を頼りにしておる。」

オーキド博士は自分の発言が矛盾しているのを分かっていた。
離れて生活しろと言うのに、小夜の力になれとも言う。
それでもシルバーは力強く頷いた。
この研究所で世話になっている以上、オーキド博士の期待を裏切る訳にはいかない。
たとえ予知夢が現実になる可能性が高いとしても、最後まで抗ってみせる。
するとオーキド博士が突然穏やかに微笑んだ。

「感謝しておるよ。」

「…え?」

「こんな事態になっても、君は小夜を好いてくれておる。」

シルバーは僅かに頬を赤らめ、視線を左右に泳がせた。
やはりシルバーは照れ屋で赤面症だ。

「さあ、もう行きなさい。

今後小夜と距離を置くとしても、予知夢を見たばかりの今日は出来るだけ小夜の傍にいてやって欲しいんじゃ。」

「はい、これで失礼します。」

シルバーは頭を下げてから部屋を後にした。
まだ熱の残る両頬を軽く二度叩いてから廊下を歩く。
オーキド博士は小夜とシルバーの旅を許可したが、渋々決断したのだろう。
旅の間に予知夢の発端となる何かが起こるかもしれないし、慎重に行動したとしても不慮の事故は防げないかもしれない。
それでもオーキド博士はこれ以上小夜を縛り付けるように匿いたくないのだろう。
好きな時に此処へ帰り、好きな時にオーキド博士の研究を手伝い、好きな時に出掛けられるようにしてやりたいと考えているのだ。
シルバーと旅をしたいと言った小夜も開放的な生活を望んでいる。

シルバーが左手首のポケナビへと視線を落とすと、もうすぐポケモンたちのおやつの時間だった。
食いしん坊なポケモンたちは騒いでいるだろうか。
小夜は昼寝から覚めているだろうか。
何かを決意しているかのようなしっかりした脚取りで、雷鳴を背景に前を向いた。



2015.3.28




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