謝罪-2

二人は仲直りの口付けを交わすと、二階の食事室まで降りた。
盆を持って現れたシルバーと小夜を見たポケモンたちは二人の仲直りを祝福した。
エーフィは思わず念力でスプーンをぶっ飛ばし、それはシルバーの額にクリーンヒットした。
ステンレスのスプーンは硬くて攻撃力があり、シルバーは痛いと不満を零していた。
その後、シルバーは何時ものようにポケモンたちと風呂に入った。
昨日今日の風呂にはゴーストが乱入し、ポケモンたちは相変わらずの騒ぎっぷりだった。
だが小夜と仲直りしたシルバーの機嫌は良く、前のように怒り出す事もなかった。

そして現在、シルバーは自分の部屋のベランダで冷たい風に当たっていた。
白いフェンスに両肘を置きながら、空を仰いだ。
今夜は曇り空で、小夜が好きな星が見えない。
吐く息は白く、空気は冷たく頬を刺す。
部屋では小夜やポケモンたちが寝る前の談笑をしたり、ボーマンダとマニューラに限っては既に爆睡している。
二人が喧嘩をしてもポケモンたちの仲は変わらない。
ポケモンたちが気まずくなったりと迷惑をかけているのではないかと気にしていたが、余計な心配だったようだ。


―――ガラ…


「?」

背後でベランダの窓が開き、シルバーは振り向いた。
姿を現したのは大きなブランケットを持っているオーダイルだった。
黒くて柔らかな布地に白いデリバード柄がプリントされたブランケットは、夜にオーダイルが被って寝ている物だ。
オーダイルはそれを主人の肩に掛けた。
シルバーは一瞬目を見開いたが、心優しいオーダイルに柔らかく笑った。

「悪いな、サンキュ。」

オーダイルはにこっと笑うと、シルバーの隣に並んで庭を眺めた。
広大な庭は夜になると夜行性のポケモンたちの声が物静かに木霊する。
シルバーがブランケットに身体を包むと、湯冷めしそうになっていた身体に温かさを感じた。
オーダイルは主人を一瞥したが、またすぐに庭を眺めた。
シルバーは独りで黄昏る時がある。
場所は芝生の上だったり、こうやってベランダだったり。
様々な思いがあるのだろう。
特に最近は小夜の予知夢やゴーストの件もあり、シルバーの悩みの種は尽きない。
それでもシルバーは手持ちの自分たちに気持ちを殆ど話してくれない。
たとえ小夜とは違ってポケモンの言葉が分からなくても、ただ一方的に話してくれるだけでいいのに。

「昨日、小夜に…。」

シルバーが突然口を開いた。
オーダイルは目を瞬かせながらシルバーの横顔を見つめた。

「もしお前が俺の知らない処で誰かのポケモンになりたがったら如何思うかと訊かれた。」


―――もしオーダイルがシゲルのポケモンになりたがったら如何思う?

―――しかもこっそりと。


シルバーは遠い目をして庭の先を見つめ、考えたくないと小夜に回答したのを思い出した。
するとオーダイルに二の腕を掴まれ、少し驚いてオーダイルを見た。
オーダイルは首をぶんぶんと何度も左右に振り、全否定を表現した。
他人のポケモンになるのを希望する事などあり得ない。
自分の主人はシルバーだけだ。

「お、おい、振り過ぎだ。」

オーダイルがはっとすると、くらりとして頭を抱えた。
ぐらぐらする視界が次第にはっきりすると、苦笑するシルバーが映った。

「お前はこれで良かったと思っているか?」

“これ?”

「俺がお前をウツギ研究所に返そうとした時、お前はそれを拒んだ。」

当時アリゲイツだったオーダイルは、生まれ育ったウツギ研究所ではなくシルバーを選んだ。
彼処には同じ御三家であるヒノアラシやチコリータといった仲間が沢山いるし、盗まれたポケモンが戻ったとなれば歓迎されるだろう。

シルバーはオーダイルをゴーストと重ねているのだ。
ゴーストがシゲルの手持ちを辞めたいと思っているのと同様に、オーダイルもあの研究所に帰りたいのではないかと考えている。
シルバーは再度フェンスに凭れ、庭を見つめた。

「今俺の手持ちの中で、以前の俺を知っているのはお前だけだ。」

ウツギ研究所から窃盗した直後のシルバーは、ワニノコだったオーダイルに無慈悲にも暴行を加えた。
あれはワカバタウンからヨシノシティへ続く道での出来事だった。
其処で小夜に出逢うまでの短期間だとはいえ、許されざる行為だ。
オーダイルには一度だけ小夜の記憶削除が実行されているが、小夜と出逢う以前の記憶は鮮明に残っている。

「それでもお前は俺を選んだ。」


―――貴方と一緒にいたいって言ってる!

―――自分の主人は貴方だけだって言ってる!


シルバーがアリゲイツだったオーダイルをウツギ博士に返そうとしたあの時。
泣き叫ぶアリゲイツの為に小夜が通訳した言葉が忘れられない。

「本当にこれで良かっ――な!」

シルバーの台詞は途中で不自然に途切れた。
オーダイルが目から大粒の涙を零していたからだ。

「ま、ま、待ってくれよ…、小夜だけじゃなくてお前まで…!」

昨日から小夜に続いてオーダイルまで泣かせてしまった。
何故泣いているのだろうか。
余程研究所に帰りたいのか、又はその逆か。
シルバーはまた混乱した。
するとブランケットに包んでいる身体をオーダイルにぎゅうっと抱き締められた。
オーダイルの逞しい肩に顎を乗せたまま、シルバーは身動きが取れなくなった。

「な…。」

耳元でオーダイルが啜り泣く声が聴こえた。
これがオーダイルの答えだ。
言葉では伝えられない為、身振りで全力で表現しているのだ。

「……。」

オーダイルは暫く泣いていたが、シルバーを放して両目を強く擦った。
これで良かったのかなど、訊かれたくなかった。
シルバーの手持ちである今が幸せなのに、それがシルバーに伝わっていなかったのかと思うと、悔しくて哀しくて涙が溢れた。

「俺の答えを教えてやるよ。」

オーダイルは額に温かい感触がした。
それはシルバーの手だった。
シルバーに撫でられるのは何時以来だろうか。
アリゲイツから進化してシルバーの身長を超えてから、全くなかったように思う。

「小夜にああ訊かれた時、俺は考えたくないと答えた。

だがちゃんとした答えがある。」

小夜にばかり本音を口にし、オーダイルたちには何も言ってこなかったとシルバーが痛感したのはつい先日だ。
小夜にも言わなかった本音を伝えよう。
今日は照れたり恥ずかしがったりする感情を休憩させよう。
答えを伝える事に躊躇はなかった。

「死んでも嫌だと思った。」

オーダイルの涙が一瞬にして止まった。
もしオーダイルが誰かのポケモンになってしまった暁には――

「またお前を盗んじまうだろうな。」

それくらい嫌だ。
シルバーがオーダイルの大きな顎を片手で横に摩ると、オーダイルは目頭がじわりと熱くなった。
オーダイルは面倒見がよく、心優しい。
よく此処まで素直で良いポケモンに育ったものだ。
シルバーは微笑みながら言った。

「もう泣くな。

男だろ、見っともないぜ?」

オーダイルは泣きそうになるのをぐっと我慢した。
シルバーと過ごしてきた時間の中で、今日が一番優しくて温かいと思った。



2015.3.13




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