混乱-3

ポケモンたちは夕食の時間まで他愛のない話をした後、シルバーの言った通りに二階の食事室へと向かった。
体格的に其処に入れないボーマンダとスイクンは巡回がてら、庭にいるネンドールとハガネールの元へ向かった。
小夜とシルバーの何方かの部屋で食事をする時以外は、巡回組の二匹は庭で食事をするのだ。

“あれ、御主人は?”

オーダイルたちが食事室に到着しても、其処にシルバーはいなかった。
既に夕食の準備をしていた小夜は苦笑した。
デザートのポフレをオーブンで焼いている為、甘くて良い匂いが食事室に漂っている。
小夜は庭で取れた木の実をふんだんに使ったシチューをお玉で混ぜながら、小さく言葉を零した。

『きっと来るよ。』

二人の夕食の時間は午後七時だと決まっている。
その五分前になると、テレポートしてきたネンドールが四匹分のポケモンフードを運んでいった。
五分前になっても姿を見せないシルバーに、ポケモンたちは心が落ち着かなかった。
もしこのままシルバーが来なければ、菜箸の次に何を投げ付けてやろうかとエーフィは考えた。
だがシルバーは今夜小夜と話すと断言していた。
それを信じたい。

そして時計は午後七時丁度を知らせた。
しんとした中、バクフーンとボーマンダがダイニングテーブルに隣同士で座っている。
バクフーンの前には小夜が座っており、小夜の隣にシルバーが座るのが定位置だ。
テーブルには二人分のシチューと二匹分のドライのポケモンフードが準備されており、エーフィたちの分も皿に入れて床に置いてあった。
食事の準備は万端だ。
食いしん坊で待ちきれないかと思われたマニューラでさえ、シルバーが来るのを静かに待っている。
オーダイルが壁に掛かったアンティークの丸い時計を見て寂しそうに言った。

“御主人、来ないね。”

『……。』

小夜は瞳を閉じ、ずっと黙っていた。
ゴースト以外のポケモンたちは、それが気配感知をしているのだと察していた。

“俺、呼んでくる。”

高速で飛行出来るクロバットが翼を広げた。
だが小夜がそれを制するかのように銀色のスプーンを持った。

『食べよう。』

“え…、ちょっと小夜!”

エーフィの突っ込みも虚しく、小夜はスプーンでシチューを一気に掻き込んだ。
クロバットは翼を広げたままの体勢でぽかんとした。
ポケモンたちが呆気に取られている間に、食欲旺盛の小夜は早くも食べ終えてしまった。
ちゃんと咀嚼したのだろうか。
小夜は誰も寄せ付けない異様なオーラを放っており、エーフィですら小夜に突っ込めなかった。
グラスから水を一気飲みした小夜は、無言のまま勢いよく立ち上がった。
そして静まり返った食事室の中、食器棚から盆を引っ張り出し、シルバーの分のシチューと水の入ったグラスを乱暴に載せた。
そして怒っているのか哀しんでいるのか全く読めない無表情で、冷淡に言った。

『行ってくる。』

小夜は両手で盆を持ち、扉を片手で静かに開閉して去っていった。
ポケモンたちはぽかんと口を開けていたが、リーダー格のエーフィが唖然としながら言った。

“……食べよっか。”

結果を待つしかない。
シルバーが無事だといいのだが。


一方のシルバーは時間を忘れ、ポケモン遺伝子工学≠フ論文を纏める作業に没頭していた。
もう何枚目か数えきれないルーズリーフにシャーペンを走らせた。

DNAを操作された生命体には寿命の短縮、成長速度の異常等のリスクが考えられる。

確かに小夜は十歳にも関わらずあの容姿だ。
不安定なDNA、つまり遺伝子を持って生まれていれば、成長したり止まったりを繰り返すといったリスクが考えられる。
小夜の能力の暴走もその一つかもしれない。
だがオーキド博士は独自の研究で、小夜の遺伝子が安定しているのではないかという解析結果を導き出した。
小夜の今後は予測出来ない。

シルバーが完読したポケモン遺伝子工学≠ヘ、ポケモン間で遺伝子操作をすればどのような結果が得られるのかを学術的に説いている論文だ。
その内容からしてポケモンの生体実験が不可欠な学問だが、非倫理的である生体実験は如何なる場合でも禁止されている。
つまりこの論文の内容全てが実証されておらず、ただの仮説に過ぎないのだ。
更に小夜はポケモンと人間の混血だ。
ポケモン同士の遺伝子交配とは訳が違う。

こんなんじゃ根本的に意味がねぇだろうが…。

シルバーは苛立っていた。
小夜の誕生は、ロケット団の手による非倫理的な実験結果の積み重ねの結晶だ。
その結晶であった研究内容の電子データはロケット団の手にあったが、亡くなった彼はそれを全て抹消している。

ロケット団の研究は倫理に反して背徳的なだけに、世間よりも圧倒的に進んでいる。
それを考えれば、ニューアイランドの研究員は小夜の寿命の短縮といったリスクを極力抑えられるように小夜を造り上げたと思っていい。

「はぁ…畜生。」

シルバーは考えれば考える程、自暴自棄に陥りそうになった。
オーキド博士は既にこの論文の内容を理解し、その上でシルバーにこれを渡した筈だ。
この論文が仮説だとしても、小夜が直面する可能性があるリスクをシルバーに理解させようとしたのだ。
寿命の短縮、もしくは成長速度の異常といった事象が今度現実となれば、小夜はシルバーと同じように年齢を重ねられないという事になる。
受け入れ難い事実だが、オーキド博士は既にこれらを承知済みなのだろう。

シルバーは考えるのをやめたくなった。
怪しい光でも見てしまったかのように混乱し、自分を見事に攻撃しそうだ。
嗚呼、そういえば今何時だろうか。
少し集中し過ぎたかもしれない。
小夜ときちんと向き合って話したいし、エーフィにも約束してある。
机上にあったポケナビに視線を送ろうとしたその瞬間…


―――ガタン!!!


「っ?!」

ルーズリーフの束の真横に何かが乱雑に置かれた。
それは焦げ茶色をした丸型の盆で、其処に載せられたシチューとグラスの水が大きく揺れている。
よく零れなかったものだ。
心臓が止まりそうになったシルバーは、何時の間にか背後にいた小夜を驚愕の目で見つめた。
小夜は盆を置いたままの体勢で俯き、低い声色で言った。

『晩ご飯くらい食べに来なさいよ。』

シルバーは殺気とは違った圧迫感を感じたが、自然と恐怖を感じなかった。
小夜はくるりと背を向けて立ち去ろうとしたが、腰を上げたシルバーがその手首を掴んだ。



2015.3.9




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