其々の葛藤-2

―――パラ…


シルバーはベッドの上で論文のページを一枚捲った。
熟読して早一時間が経過しているが、二百ページ以上あるそれはまだ十ページも読み終わっていなかった。
一ページ当たりの文字数が多いのもあるが、内容の難度が高いのもペースが遅い理由だった。
薄い紙に横文字で密集している文字たちを必死で追いながらインプットする。
多少難度が高くとも理解出来ない事はない。
伊達にロケット団特別研究所と呼ばれる施設に預けられ、英才教育を受けていた訳ではないのだ。
其処では根本的な医療技術から学び、非道徳的な生体実験を含むポケモン生物学でさえも余すところなく勉強した。
何故そんなに勉強したのかと問われると、回答に困る。
ロケット団代表取締役の次期後継者になりたかった訳ではない。
施設に預けられている状態では、それ以外にする事がなかったからかもしれない。
代表取締役の子息として、恥晒しになるような事を避けたかったからかもしれない。
施設にはシルバーよりも年上の人間ばかりがロケット団に入団する為の教育を受けていて、話が通じる相手などいなかった。
シルバーは馬鹿な人間に囲まれていた気がしていた為、十歳でその施設を卒業した時は清々した。

「ふぅ。」

浅く息を吐き、本を閉じないまま天井を仰いだ。
同じ体勢を取っていた為か、首から上が重い。
それでも今朝のような頭痛は全くなかったし、寒気もない。
片手で首の裏を抑え、頭を傾けて筋を伸ばした。

「いて…。」

ベッドで読書をするのはよくなかった。
次はオーキド博士が用意してくれていた作業用の机で読もうと反省した。
未だに本を閉じないまま、窓の外を見てみる。
外は暗くなっているが、カーテンは開放したままだ。
すっと目を細め、もういなくなった先程のポケモンを思い出す。
シルバーにはネンドールが何時もと何ら変わりないように見えたが、小夜はそうではなかったらしい。
ネンドールに対するあの反応の仕方は尋常ではなかった。
何故、あのような反応をしたのだろうか。
ネンドールがそのような気配を発していたとでも言うのだろうか。
小夜の気配感知能力を疑っている訳ではないが、あの反応が未だに信じられなかった。

小夜が感知したネンドールの気配にどのような理由が挙げられるか、シルバーは考えてみた。
一つの可能性として、敵意らしき気配の対象はシルバーだった事は十分あり得る。
ネンドールの前の主人は亡くなったバショウであり、その彼は小夜の為に命を散らした。
彼の代わりにシルバーが小夜の傍にいる事が疎ましいのかもしれない。
だが、ネンドールは自ら小夜の手持ちになる事を選んだ。
つまりは小夜の将来を見守る立場となったのだ。
それに彼のポケモンだったネンドールは、彼がシルバーに小夜を託したのを悟っている筈だ。
これらが仮の話だとしても、自分がネンドールに如何思われているのかを考えると、頭痛とは違った頭の重みを感じた。
深く息を吐きながら下を向き、首の裏筋を伸ばした。
小夜はシルバーの食事が終わるとすぐにネンドールを追ったが、今頃どのような話をしているのか、非常に気になる。


―――バサバサッ


「…?」

突然羽音がしたかと思うと、シルバーは顔を上げた。
小夜の部屋よりも小さい窓へと視線を送ると、其処にはシルバーのゴルバットがいた。
シルバーは数回瞬きをしてから、付箋となる紐をページの間に挟み、本を閉じてからベッドの脇に置いて立ち上がった。
両開きタイプの窓の片方だけを手前に引いて開けると、ベランダから冷たい風が入り込んできた。
それと同時にゴルバットが部屋へ入った。
ベランダには四足まで入る小型の靴箱が既に用意されていて、強化ガラスの扉から黒いサンダルが一足見えた。
オーキド博士は用意周到だ。

「如何した?」

ゴルバットには頭に乗られる事が多い為、シルバーはさっと片腕を伸ばした。
その腕に着地したゴルバットは何かを伝えたいようで、翼をベランダの方向へ何度も羽ばたかせた。

「何だ?

ベランダに出てこいって事か?」

シルバーはゴルバットの行動の意図がよく理解出来ないまま、靴箱からサンダルを引っ張り出した。
それを邪魔しないようにとゴルバットが腕から飛び上がり、白塗りのフェンスを跨いで降下した。
シルバーは疑問に思いながらも手すりを持ち、下を覗いてみた。

「!」

シルバーは目を見開いた。
外灯とコイルのフラッシュに照らされたシルバーのポケモンたちが、庭の芝生からシルバーを見上げていたのだ。
オーダイル、ニューラ、コイル、そしてゴルバット。
おまけにエーフィがいる。
シルバーの顔を見たニューラがバネブーのようにぴょんぴょん跳ね、小柄な身体をアピールした。
オーダイルが元気よく叫んだ。

“ごしゅじーーーーん!”

オーダイルが手を振るのを見て、エーフィが苦笑した。

“御主人って呼ぶの止めたら?”

“え、でもこれで慣れてしまったんだよなぁ…。”

主人の姿を見たかったシルバーのポケモンたちは、その場を偶然通りかかったエーフィを引き留め、何か案がないかと提案したのだ。
ニューラが相変わらず跳ねながら言った。

“シルバー、元気そうじゃないか!

部屋に突入したら駄目?”

“駄目。”

エーフィにさらりと一蹴され、ニューラはしょぼくれた。
シルバーはふっと笑った。

「ったく、何やってんだか。」

オーキド博士との会話が一段落した後に小夜から聴いたが、シルバーをポケモンたちから隔離しようと言い出したのはエーフィらしい。
もしポケモンたちに風邪が移れば小夜にも迷惑を掛けてしまうだろうし、シルバーはエーフィの判断が間違っていないと思っていた。
だが、シルバーもエーフィも看病に当たっている小夜に移っていないかが心配だった。
エーフィは小夜に、余りシルバーの様子を見に行き過ぎないようにとこっそり進言していた。
結局、小夜は聴く耳を持たなかった。

「お前ら、そんな暇があったら修行の一つでもしてろ!

バトルした時に鈍ってたら承知しねぇぞ!」

口角を上げたシルバーに四階からそう叫ばれると、照れ隠しだと悟ったポケモンたちはそれぞれ嬉しそうに反応した。
オーダイルは拳を握って何度も上に突き上げ、ニューラとゴルバットは騒々しく喜んでいた。
大人しいコイルまでもがこの雰囲気に便乗し、フラッシュをしたままU字磁石をくるくると回した。
エーフィはその横で澄ましていたが、背後に慣れた気配を感知し、期待を込めて振り向いた。

『騒がしいと思ったら。』

シルバーのポケモンたちも主人の想い人の声に振り向いた。
こんな時間に庭の何処かへ行っていたようだ。
オーダイルが不思議そうに尋ねた。

“何処に行ってたんだ?”

『ネンドールとハガネールと雑談。』

そう笑顔で言う小夜の回答は間違ってはいなかった。
エーフィは紫の瞳が僅かに腫れているのを見逃さなかった。
その理由をこの雰囲気の中では尋ね辛く、後で訊く事にした。





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