再来

シルバーは折角の甘い雰囲気を邪魔された怒りで、怪訝な表情を浮かべていた。
小夜がシルバーの頬に唇を落とそうとしていた時にやってきたのは、二人がエンジュシティで逢った人物だった。
歩き寄ってくる人物を見たシルバーは、小夜にしか聴こえないように呟いた。

「ミナキ、とかいう変な奴か。」

シルバーはあの格好が如何しても気に入らなかった。
赤い蝶ネクタイに紫の正装。
何処から見ても目立つ格好だった。
木々の間を懸命に掻き分けて此方へ向かってくる人物に、シルバーはじと目を向けた。

『記憶を消してあるから、初対面の振りをしてね。』

「分かってる。」

シルバーは溜息を吐き、小夜は困ったように微笑んだ。
二人の考えなど露知らず、紫の短いマントを背に靡かせる青年ミナキは話し掛けてきた。

「君たち、スイクンというポケモンを見なかったか?

神々しくて凛々しくて美しいポケモンだ。」

熱心に語るミナキに、シルバーは苦笑した。
未だにスイクンの追っかけをしているのか、と小夜は呆然とした。
スイクンには、いい迷惑だろう。

『いえ、見ていません。』

小夜は首を横に振った。
その姿を見たミナキは目を丸くした。

「君は…。」

ミナキは小夜の両肩をガシッと掴み、顔を近付けた。
小夜は突然のミナキの行動に、冷や汗を掻きながら瞳を丸くした。
シルバーは面喰らって身体が硬直した。

「君の髪色はスイクンの体毛にとても似ている…。

そしてその凛とした美しさ…もしや君は人間に化けたスイク――」

「んな訳ねぇだろ!!」

シルバーは小夜に触れられた怒りで額に青筋を立て、ミナキの腕を小夜から引き剥がした。
台詞を途中で遮断されたミナキははっとした。

「す、すまない。

余りにも似ていた…。」

「小夜、てめぇも抵抗しろ!」

シルバーは小夜の前に立ち、ミナキから遠ざけた。
前回、二人がミナキと逢った場所は深夜の焼けた塔だ。
あの時は暗闇の中でランプの灯だけが頼りだったし、ミナキは小夜の髪色に気付かなかったようだ。
もし見えていたのなら、今と同じような事を焼けた塔で小夜に言っていただろう。
ミナキは気を取り直そうと、こほんと喉を鳴らした。

「私はミナキ。

ジョウトの伝説のポケモンを研究している。」

ミナキは二人が焼けた塔で初めて逢った時と全く同じ台詞で自己紹介をした。
きっと使い込んだ言い回しなのだろう。

「此処にスイクンが出現したという噂を聴いてやってきた。」

更には此処にいる理由すら以前と同じような台詞で言い回した。
シルバーは背後にいる小夜をちらりと見た。
小夜は澄まし顔で、特に変わった表情を見せない。
オーキド研究所から移動してジョウト地方を訪れてから、小夜がスイクンの気配がすると発言した事はない。
つまり、ミナキが言う噂は嘘になる。

「ところで、君は美しい。」

ミナキは首元の赤い蝶ネクタイの歪みをしっかりと直すと、シルバーの横を通り抜けて小夜の手を握った。

「この私とお付き合いをしてく――」

「誰がするか!!」

シルバーはまたしてもミナキの手を小夜から粗野に引き剥がした。
息を荒くするシルバーは相当不機嫌だ。

『まぁまぁシルバー。』

「まぁまぁじゃねぇ!」

シルバーはミナキを睨んだまま、モンスターボールを一つ取り出した。
その中にはニューラがいる。

「俺と勝負しろ!」

「いいだろう。

そのお嬢さんを賭けて勝負だ!」

「望むところだ!」

『ちょっとお二人さん…。』

小夜は止めても無駄だろうと思い、見守る事にした。
シルバーとミナキはバトルの為に一定の距離を取って向かい合い、小夜はシルバーの背後でそれを見守った。
ミナキは懐からモンスターボールを取り出し、その場に放った。

「ゆけっ、フーディン!」

スプーンを両手に持ったエスパータイプのポケモン、フーディンが姿を現した。
シルバーはもう勝利を手にしたかのように口角を上げた。
運は此方に向いている。

「俺はこいつだ!」

シルバーは苛立ちを隠さないまま、勢いよくボールを放った。
現れたのは長い鉤爪を怪しく輝かせる悪と氷タイプのポケモン、ニューラだ。

「何…?!

悪タイプを…!」

「この勝負、貰ったぜ。」

勝負を開始した二人を前に、小夜はチーズクリームが挟まれているパンを頬張り始めた。
自分を賭けてシルバーが闘ってくれるのは、何だか擽ったい思いだった。




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