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あの女に引き止められた後、蝶屋敷内で丁寧な治療を施してもらった。
治療室で二人だけになると、やはり話すことができなかった。
それでも治療の前に少しだけ会話ができたから、進展した方なのだ。

「なんで逃げたんだ?」

蝶屋敷の玄関と門戸を抜けた途端に、匡近がそう訊ねてきた。
俺は溜息をつきそうになった。
あの女と男隊士が抱き合っている様子を思い出すと、無性に苛々する。
俺はあの現場から立ち去ってしまった。

「逃げてねェよ」
「しかも睨んだだろ。
円華ちゃんを睨むのは違うんじゃないか」

そんなこと、分かっている。
己の激情に苛立ち、結果的にあの女を睨んでしまった。

「今も苛々してるな?」
「してねェ」
「全く…睨んだり苛々したり、好きな子に素直になれない子供みたいだな」

匡近の台詞は俺の頭をぶん殴るような衝撃があった。
今、なんて言った?
好きな子…だと?

「ん?なんだよ、どうした?」
「…す…!?」
「好きなんだろ?
円華ちゃんのこと」

俺があの女を好き
匡近に指摘されて初めて、理解不能だった激情の名前が分かった気がした。
嗚呼、俺はあの女に惚れているのか。
これが誰かに恋慕を抱くという感覚なのか。
だからあの二人が抱き合っているのを見て、俺は嫉妬≠オたのだ。

「まさか今更惚れてることに気付いたのか?!」
「うるせェ…!」
「何処からどう見ても惚れてるだろ」
「…刻むぞォ」

否定するのはやめた。
あの女に惚れていると指摘した匡近の台詞を、すんなりと受け入れて納得することができたからだ。
いや、ちょっと待て。

「…オイ」
「どうした実弥」
「何処からどう見てもって…まさかあの女も気付いてんのか」
「あの女って言うなよ。
円華ちゃんだよ、円華ちゃん」
「質問に答えやがれェ」
「きっと本人は気付いてないさ」

匡近の即答に安心する自分がいる。
あの女には気付かれたくない。

「伝えろよ、好きだって」
「絶対に言わねェ」
「なんでだよ?」

俺は何も答えなかった。
あの女は花柱の才覚ある継子であり、鬼殺隊随一の執刀医だ。
俺はそれを遠くから見守るだけで構わない。
邪魔をしたくない。

「そういえば、円華ちゃんには恋人がいるらしい」
「…っ?!」
「ごめん、嘘だ」
「………テメェ」
「ほら、嫌だろ?」

嫌だった。
鳥肌が立つ程に、嫌だと思った。

「俺は応援するからな!」
「要らねェ!」

遠くから見守るだけでいい。
自分にそう言い聞かせたが、心は霞んだように晴れなかった。



2023.5.11





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