3-1

昨日と一昨日は、あの女に逢っていない。
藤の花の家紋を掲げる屋敷に泊まり、そこで治療を受けたからだ。
屋敷の家主は俺の腕に巻かれた包帯を見るなり、勝手に医者を呼んだ。
親切で若い男の医師に治療を施されながら、あの女の方がいいだなんて考えてしまった。
あの女が治療する際の真剣な表情や、愛らしい笑顔を忘れられない。
己の正気を疑ってしまう。
一体全体、俺はどうしてしまったというのだ。

普段より寝不足な俺は、欠伸を噛み殺しながら家路についていた。
家の前で待ち伏せしていたのは、やはりお節介な兄弟子だった。

「実弥、おかえり。
怪我はどうだ?」
「またお前かよォ…」

昨日と一昨日は念の為、俺の家の前でいつまでも待ち伏せしそうな匡近に、家まで来るなと鎹鴉で連絡してあった。
今日は馬鹿正直に連絡しなかったのが悪かっただろうか。
藤の花の屋敷にいると嘘をつけば良かったとまでは思わないが。

「今日こそ円華ちゃんとお喋りしろよ」
「無理だ」

匡近が俺の首根っこを引っ張ろうとするから、俺はそれをすいっと回避した。
どうせ強引にでも連れていかれるのが見えているから、大人しく蝶屋敷へ向かおう。
第一に、今日もまたあの女が俺の治療をするとは限らない。
もしかしたら、また執刀しているかもしれないし、任務で遠出しているかもしれない。
折角出向くのだから、少しでも顔は見たいものだが。

「元気か、くらい言ってみろって」
「俺はあの女と馴れ馴れしくするつもりはねぇんだよ」
「なんでだ?」
「その必要がねぇからだァ」

匡近は呆れたように笑うと、俺の肩を慰めるようにぽんぽんと叩いた。
俺は舌打ちが出そうになったが、今からまたあの女に逢うかもしれないと思うと、胸に緊張が走った。
蝶屋敷までの道のりを歩きながら、鬼に関する情報を匡近と共有することで、気を紛らわせた。





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