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食堂で朝餉の味噌汁を箸でぐるぐると混ぜながら、俺は心ここに在らずだった。
俺がクソガキと呼んだあの女、皇木円華。
真夜中に人知れず鍛錬に行く俺は、帰りにあの女が立ち尽くすのを見た。
真っ暗闇の玄関で一人、文を片手に俯いていた。

―――大切な人を亡くしても…前を向かないと…。

誰かの訃報に接したらしいことは、すぐに察した。
持っていた文はあの女宛の遺書か何かだろう。
突然涙を零し始めたあの女を、一人にはできなかった。
鬼となった母を殺し、実弟に人殺しと罵られ、孤独となった自分を思い出したからだ。
それに何より、あの女は俺が心惹かれる想い人だ。
俺は血迷ったのか、あの女の頭を引き寄せてしまった。
間近で真っ直ぐに見つめ合った時には、強引に口付けて奪ってしまおうかという邪な考えが過ぎった。

「おーい、実弥ー?」
「んだよ…」
「大丈夫か?
どっか遠くに意識が飛んでないか?」

隣で飯を食う匡近が、茶碗を片手に俺の顔をじろじろと観察した。
こいつには何かを見透かされそうで、俺は冷や汗をかいた。
不意にあの女の柔らかな声が食堂内から聞こえた。

「おかわりですね、今朝も大盛りですか?」

あの女は入院中の男隊士に白米のおかわりをよそっていた。
その目の下には薄らと隈がある。
笑顔を向けられた男隊士は、頬を赤らめながら茶碗を受け取っていた。
畜生、苛々する。
どいつもこいつもあの女にデレデレしやがって。
匡近曰く、あの女は鬼殺隊でも有名な別嬪らしい。
胡蝶姉妹よりも親しみやすく、愛らしい笑顔で気さくに話しかけてくるあの女目当ての隊士も多いらしい。

「また睨んでるぞ?
いい加減やめろって。
いつからそんなに睨むようになったんだよ」

匡近に指摘された俺は、結局何も成長していない。
睨み付けまくっていると、あの女がこちらに視線を遣った。
今日初めて目が合ったと思うと、あの女は俺に微笑んだ。
睨んでいる最中に笑顔を向けられた俺は、盛大に怯んだ。
目を剥きながら咽せそうになり、おまけに箸を落っことしそうになった。
匡近が俺とあの女を交互に見た後、ひそひそと言った。

「お前さ、絶対円華ちゃんと何かあっただろ」
「……」
「もしかして告白――」
「んな訳ねェだろ…!」
「じゃあ何だよ。
この兄弟子様に教えろよ」
「……刻むぞォ…」

最近は煩いやら刻むやら、そのような言葉ばかり口にしている気がする。
俺は残りの朝餉を大袈裟な程に勢いよくかき込み、ガタンと席を立った。
椅子が床と擦れる音が大きく響き、俺は食堂中から視線を集めた。
のんびりと白米を頬張る匡近は、俺ににんまりと笑ってみせた。

「後で話せよ?」
「うるせェ!」

自分の不器用さに苛々して仕方ない。
食堂を後にする時、あの女から視線を感じた。
微笑みかけられたら、同じように返すくらいできないのか。
恋愛に疎い自分に心底失望する。
今朝の明け方に改めてあの女の顔を見たら、年齢の割に整った顔立ちが美しいと思った。
やはり自分はあの女に惚れているのだ。
廊下を大股で進んでいると、向かいの角から胡蝶姉妹の姉の方が姿を現した。

「あら、不死川くん」

あの女を継子に選んだ花柱は、穏やかに微笑んだ。
俺は無言でその横を通り過ぎようとしたが、言葉で引き止められた。

「円華があなたに嫌われているって哀しんでいたわよ?」
「……は…?」
「どうして急に円華を睨むようになったのかしら?
前はそんなことなかったと思うのだけれど」

俺に嫌われている?
勘違いも甚だしいぞ、あの女。
いや、毎日あれだけ飽きずに睨み付けまくっていたら、嫌われていると思われて当然か。
愕然とする俺を、胡蝶は更に追撃した。

「あの子を好いてくれるのは嬉しいけれど、もうちょっと優しくしてあげてね?」
「好…っ…?!」

何故、自分の想いが気付かれているのだろう。
匡近にも、胡蝶にも。
俺はそんなに分かりやすいだろうか。
想いを寄せられている張本人は全く気付いていないようだが。
気付かれた想いを否定しようとしたが、胡蝶が話を続けた。

「円華は頑張り屋さんで努力を惜しまない子だけれど、本当はとても繊細なの。
あの子のことを想うのなら、それを理解してあげてね」

努力を惜しまない人間だということは、見れば分かる。
次期花柱として控えている女だ。
夜間には任務へ出向き、日中は師である花柱の手伝いをして、鍛錬も怠らないのだろう。

「意地悪の度が過ぎてしまうと、アオイが申告して接近禁止令が出てしまうかもしれないわね」

動揺が顔に出るのを必死で耐える俺に、胡蝶は意味深な笑みを残し、廊下の先へと歩いていった。
接近禁止令、だと?
恐ろしい言葉に、俺は身震いしそうになった。
神崎に悪い印象を持たれていることは気付いていた。
接近禁止令を出したいとまで思われているらしい。
俺は頭をガシガシとかくと、廊下を大股で歩き始めた。

この後、機能回復訓練がある。
これ以上嫌われていると思われないようにしたい所だが、俺は不器用を極めている。
何もかも上手くできる気がしなかった。



2022.3.25





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