3-1

私が愛した屋敷の裏山で、祖母は鬼に襲われた。
父は鬼殺隊の剣士として殉職した。
母は父の後を追うようにして、流行り病によって亡くなった。
残された私をここまで育ててくれたのは、祖母だ。
たった一人の大切な家族だった。

祖母の悲鳴を聞いた私が屋敷から駆け付けた時、鬼殺隊士が二人で鬼を討伐しようとしていた。
祖母は両足を裂かれていて、倒れ込んでいた。
私はただ愕然と立ち尽くした。
初めて見る鬼、そして大好きな祖母が出血しているのを見て、私の脳は理解するのを拒否していた。
片方の女隊士は軽症で、日輪刀を構えながらも大量の汗をかいて動かない。
もう片方の女隊士が胴体を鬼の手に掴まれると、横に大きく裂けた口で太腿から下を喰われた。
咀嚼されて骨の砕ける音と、女隊士の悲鳴が闇夜に響いた。
祖母は倒れ込んだまま、私に片手を伸ばした。

『那桜…逃げ…なさい…』

祖母の傷を見ると、まだ助かる見込みがあった。
医師である祖母の仕事を支えてきた私は、治療さえすれば祖母を助けられると悟った。
私は逃げない。
逃げるくらいなら、ここで死ぬ。
私が痛い程に握った拳から、血が滴り落ちた。
鬼の視線が私に移り、両目が血走った。

『この匂い…極上の稀血だ…こんな所で見つけるとは!』
『今よ…っ、斬って!』

膝から下を失いながら、女隊士が仲間に向かって叫んだ。
鬼が油断している隙に、斬るべきだった。
鬼は狂ったように大笑いし、その口から女隊士が落下した。
刃を持った試しのない私から見ても、大きな隙だと理解できた。
けれど、あの女隊士は斬らなかった。
全身がガタガタと震えて、顔中に汗を滴らせながら、動こうとしない。
お願いだから斬って、早く。
婆様を助けて。
私の願望も虚しく、女隊士は首をガタガタと横に振った。

『嫌だ…死にたくない』
『頚を斬って…た、すけ…て!』
『ごめんなさい、ごめんなさい…!』

ついに、その女隊士は逃げ出してしまった。
絶好の機会を逃したその人は、私の横を通り過ぎて逃げてゆく。
鬼は稀血に歓喜するばかりで、逃亡する女隊士には目もくれない。

『おれは運がいいぞォッ!
稀血を喰えるゥゥ!』

私が、稀血?
父が鬼殺隊士だった私は、鬼殺隊や鬼に関して祖母から少しだけ聞かされていた。
稀血という存在は耳にした事があった。
まさか、自分が鬼を強くする稀血だとは知らなかった。

鬼は稀血である私ではなく、祖母に爪を向けた。
何故、私ではなく祖母なのだろうか。
鬼が夢中になって祖母を斬り刻む奇行を、私は絶望に打ちひしがれながら見つめるしかできなかった。
鬼に太腿から下を食われた女隊士は、逃げた仲間への憎悪と怨念を目に宿しながら、静かに絶命した。

私は足元に飛び散った何かと目が合った。
これは、祖母の眼球だ。
私は全身を鈍器で殴られたような錯覚に陥った。
稀血に歓喜する鬼が、嬉々としてこちらに向かってくる。
それ以降は、記憶が曖昧だ。
息絶えた女隊士の日輪刀を拾い上げ、がむしゃらに振ったのを覚えている。
鬼の頚が地表に落ちたのを見て、私が斬ったのだと悟った。
鍛錬すらしたことのない私が、何故鬼の頚を斬り落とせたのだろうか。



ふと目を開けると、見慣れた天井が視野に入った。
気付けば体が震えていて、目には涙が溜まっていた。

「またあの夢…」

毎夜、当然のように悪夢を見る。
目を覚ませば、涙が溢れているのだ。
襖から鬼の嫌いな陽光が差し込んでいて、私の心は少しばかり落ち着きを取り戻した。
ゆっくりと起き上がり、縁側に置いてあった藤の花の御香を消した。
私が幼い頃に亡くなった父は、実の母である祖母に藤の花の御香を毎夜絶やしてはならないと言いつけていたそうだ。
それは祖母から私に伝わり、今も守り続けている習慣となっている。
屋敷を囲うように藤の木を植えてあるのも、先祖が鬼を嫌っていたからだろうか。

縁側で両足を伸ばしながら、空を見上げた。
今日は気分がそこまで悪くない。
きっと、昨日飲ませてもらった薬湯のお陰だ。

「御免くださーい」

玄関から人の声がした。
穏やかな女性の声だ。
こんな朝早くに、一体誰だろう。
私はゆっくりとした足取りで玄関へ向かうと、格子戸を開けた。
そこには可愛らしい女性と、頭巾と口布で顔を隠している人物が二人いた。
鬼殺隊士と隠だ。
隠の背後には荷車があり、沢山の食糧が積まれていた。

「花野井那桜さんですね。
煉獄さんの言う通り、今にも倒れそうなお顔をされていますね」

炎柱の煉獄杏寿郎さん。
昨日、倒れた私に薬湯を飲ませて介抱してくれた人だ。
日輪刀を受け取った彼は、憔悴している私に何を聞くこともなく帰っていった。
仲間を脅した私を、責めることもなかった。
私は彼の仲間である隊士に、無表情で訊ねた。

「拘束しに来ましたか」
「いいえ、そんなまさか。
私たちは煉獄さんから頼まれて、あなたの診察と食糧のお届けに参りました」

物腰の柔らかそうな口調だけれど、その奥に何か暗いものがあるような気がした。
無表情で押し黙った私に、女性がにこやかに言った。

「改めまして、おはようございます。
私は蟲柱、胡蝶しのぶと申します」





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