20

情交に耽る那桜があんなにも愛らしいとは。
もっと早く那桜に出逢いたかったと後悔する程だ。

夜着から隊服に着替えた俺は、厨に顔を出した。
那桜はしゃがみ込んで片膝をつき、壺に詰められたぬか床を易々と混ぜていた。
那桜の漬物は絶品だ。
大根も胡瓜も蕪も、那桜の手にかかれば何でもうまい。
水瓶の水で手を洗った那桜は、釜で炊かれた白米を飯杓子で混ぜながら言った。

「見ていて楽しいものでもないですよ?」
「いいや、楽しい!
それに見飽きない!」

俺は那桜を背後から抱き竦めた。
那桜は俺を見上げて微笑んだ。
厨で那桜が朝餉を準備してくれている様子を見るだけで、俺は充実感で満たされる。
そして今朝の起床時、那桜は悪夢を見なかったと話していた。
俺がいると、悪夢を見ないらしい。

「俺も何か手伝おう!」
「でしたら、茶葉を急須に入れていただけますか?」
「お安い御用だ!」

そう言いながらも、俺は那桜の首筋に唇を落とした。
那桜の肩が小さく跳ねた。

「っ、杏寿郎さん!」
「君は敏感だな」

今まで情交の経験がなかった俺でも、那桜が敏感だと分かる。
那桜は頬を紅潮させながら、俺を控えめに見上げた。

「自分でも驚いたんです…あんなに気を遣るなんて。
…淫乱な女だと思いましたか?」
「思う訳ないだろう。
俺は嬉しかった」
「良かった…」

那桜が俺に感じてくれているのだと実感できた。
廓遊びに夢中になる隊士を何人か見てきたが、その理由をやっと理解した気がする。
ちなみに、俺は遊郭へ行ったことは一度もない。

「杏寿郎さんは…その…」
「どうした?」
「…お上手でしたね」
「そうだろうか?
自分ではよく分からない」
「本当に初めてなのかと思うくらい…」

俺は目を瞬かせると、那桜の浴衣の襟に擽るように触れた。

「君が初めてだと言った筈だが」
「それは信じていますよ?」
「誰かを抱くのも恋焦がれるのも、君が初めてだ」

昨夜は本能のままに那桜を掻き抱いた。
そういった類の知識が浅い俺を、那桜は受け入れてくれた。

「君を愛せて良かった」
「…私も」

初めて心惹かれた人と想いが重なるというのは、とても幸福なことだ。
那桜の首筋に顔を埋めながら、つくづくそう思う。

「ゆっくりしていると任務に遅れますよ?」
「離したくない」

いつも帰る先に那桜がいれば。
厨に立つ那桜を当たり前のように見られたら。
那桜を抱き締める力を込めながら、俺は決意した。

「父上に君のことを話そうと思う」
「御父上に?私のことを?」
「君を紹介させて欲しいと頼むつもりだ」

那桜には父上のことを話してある。
父上は日々床に伏せながら酒に溺れ、俺や千寿郎に興味を示さない。
俺が炎柱になった日にそれを報告しても、どうでもいいと言われた。
全てにおいて情熱を失ったような父上は、何故そうなってしまったのか、理由を一切語ってはくれない。

「聞いていただけるでしょうか…」
「何度でも頼み込むつもりでいる。
時間はかかるかもしれないがな」
「どうかご無理だけはなさらずに」
「君は心配しなくていい」

たとえ父上から突っ撥ねられようとも、諦める訳にはいかない。
任務の後、屋敷へ帰ったら、今日にも父上と話をしよう。
湯飲みや酒瓶を投げつけられようとも、どのような侮辱を受けようとも、那桜のことを諦めるつもりはない。



2022.4.16





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