6

那桜と商都で偶然逢えたのは、とても幸運だった。
ずっと呼びたかった名前で呼べた。
躊躇う那桜の手を、勇気を出して握ることもできた。
人攫いから易々と逃げてみせる那桜を抱き込んだのも、人目から守る為とはいえ、幸運だった。
これらを幸運だと感じる俺は、那桜に心惹かれているのだろう。

小川に架かる橋の上で、俺たちは向き合った。
寂しさが胸を掠める中、薩摩芋や醤油が入っている麻袋を那桜に手渡した。
那桜はありがとうございますと感謝を口にしながら、それを受け取った。

「任務があって屋敷まで送れないが…」
「お気遣いなく」
「陽が落ちる前に帰れるか?」

那桜は綺麗に微笑み、頷いた。
無表情を崩さなかった那桜が、こうして笑顔を向けてくれるようになったのは嬉しい限りだ。
涙を見せてくれたあの時から、少しは心を許してくれるようになったと思っていいのだろうか。

「俺と商店を回って、少しでも君の気は紛れただろうか」

祖母を見殺しにされた哀しみを、少しは掻き消せただろうか。
那桜は頬を仄かに紅潮させると、恥じらいながらも頷いた。
その一挙一動が愛らしくて、目が離せなくなる。

「私がここまで持ち直したのは、煉獄さんのお陰です」
「俺のお陰?」
「煉獄さんは…その…」

那桜は恥じらっているのか、深く俯いた。
言葉の続きが非常に気になる。

「私が誰かを恨んでも、祖母を思って泣いても、受け止めてくれましたね」

全て受け止めるのは当然のことだ。
何故なら、俺は君に心惹かれているからだ。
那桜は顔を上げると、紅く染まる頬で精一杯微笑んだ。
自惚れるな、期待をするな。
那桜にとって俺は恩人だから、そのような表情をするのだ。
祖母を亡くしてから半月しか経過していない那桜の心の傷は、まだまだ癒えていない。
弱みにつけ込むような真似はしたくない。

「君は本来ならば今日のようにとても愛らしい人柄なのだろう。
それなのにあの夜、あのようなことをさせてしまった」

―――ただ、私はあなたに理解して欲しかったのです。
―――自分がどれだけ憎まれ、恨まれているのかを。

那桜が真剣な表情に一転した。
そして、初めて屋敷で話した日を彷彿とさせるような口調で言った。

「煉獄さんのせいではありません」
「しかし俺も同じ鬼殺隊士であり、柱だ」

那桜の祖母を見殺しにした女隊士と同じ、鬼殺隊の剣士だ。
あの女隊士が除隊したとはいえ、俺はそのような隊士の上に柱として立っているのだ。
那桜は首を横に振った。

「憎むべきは鬼であって、人間ではありません。
それを充分に分かっているのに、私はあの人を憎んでいます」

祖母を助けられた筈の女隊士を憎んでいる。
那桜は心の中で葛藤しているのだろう。

「どうすれば、憎悪は消えるのでしょうね」

まるで自問しているかのような口振りだった。
今にも涙が浮かびそうな那桜の瞳は、哀しみに揺れていた。
そのような表情にさえ惹きつけられる俺は、那桜に心底落ちてしまっているのかもしれない。

「行き場のない憎悪なら、俺が全て受け止めてやる」

那桜が言葉を失い、ついに涙を滲ませた。
泣かないでくれ。
俺は君の笑った顔が見たい。

「また俺に胸の内を話をしてくれたな。
ありがとう、那桜」

俺は那桜の頭に手を置き、優しく撫でた。
憎悪に葛藤する心も、恥じらう一面を見せる愛らしさも、その泣き顔でさえ、俺を惹きつけて離さない。



2022.1.31





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