4

任務で遠方へ向かった俺に、胡蝶から文が届いた。
俺が未だ嘗て見たことのなかった呼吸、あれは月の呼吸≠ニいうらしい。

「御免ください!!」

屋敷全体に聞こえるように、溌剌とした声を更に張り上げた。
任務の帰路に着いていた俺は、彼女の屋敷へと足を運んでいた。
古い格子戸が横に開き、一週間前に介抱した彼女が顔を出した。
倒れてしまう程に栄養が足りていなかった彼女は、この一週間でかなり健康的になったように見える。
彼女は俺を見ると、透き通った瞳を丸くした。

「あなたは…」
「何度もすまない。
邪魔しても構わないだろうか」
「どうぞ」

彼女は警戒心を表に出すことなく、俺を屋敷に上げてくれた。
厨からいい匂いが漂っている。
きちんと食事をしているようだ。
来客室に通された俺は、用意された座布団に腰を下ろした。

「お茶をお持ちします」
「気を遣わないでくれ、時間は取らせない」

客人である俺に茶を出さないのを一度は躊躇した彼女だったが、座布団に腰を下ろした。
低い円卓を挟んで、互いに向かい合った。
彼女は抑揚のない口調で言った。

「拘束ですか?勧誘ですか?」
「違う、命じられて来た訳ではない」

胡蝶の文によると、胡蝶は彼女を鬼殺隊に勧誘したそうだ。
あなたのような人が鬼殺隊に必要だと伝えたが、何も聞こえなかったかのように返事がなかったらしい。
それ以上は何も追求せず、彼女が玉子粥を完食するのを見届けてから、蝶屋敷へと戻ったそうだ。
俺は早速本題に入った。

「あの隊士は除隊処分となった。
謹慎が明けても任務に来ず、遠くへ逃げるように越して行ったからだ」
「そうですか…」
「先に言っておくが、除隊処分となったのは君の責任ではない。
人を見殺しにするような隊士は、鬼殺隊に必要ないと俺は思っている」

彼女は視線を落とし、押し黙った。
一体何を考えているのだろうか。
青白かった肌は健康的になり、本来の美しさが戻ってきているように見える。

「それと、あの日輪刀はご遺族の元へ渡った。
心配しなくてもいい」
「ありがとうございます」

それらを伝える事で、少しは彼女の気が晴れればと思った。
だから、ここへ来た。
お館様から命じられて来た訳ではない。

「少し待っていてください」

腰を上げた彼女は、襖を開けて廊下へ出た。
足早に戻ってきた彼女は、円卓を挟むのではなく、俺の前に上品に正座をした。
そして、茶封筒を差し出した。

「これを」
「何だろうか」

訊ねてはみたものの、封筒の形で大体分かる。
断じて受け取らんぞ、俺は。

「助けてくださったこと、心から感謝しております」
「気にするな」
「送ってくださった食糧分のお金です。
お受け取りください」
「断る!」

俺は普段通りの快活さで、潔く断った。
彼女は怪訝そうに眉を顰めた。
恩を着せているつもりなど微塵もないが、金銭は受け取らない。

「お願いします、どうかお受け取りください」
「断る!」
「お願いします」
「ならば、先程からいい匂いを漂わせているものをいただこう!」
「……え?」

彼女は呆気に取られ、理解に遅れているようだった。
初めて見る表情だった。
俺は彼女に笑顔を向けた。

「俺の鼻が間違えていなければ、これは芋料理だろう。
それをいただきたい!」
「えっと…夕餉がまだでしたか?」
「まだ何も食べていない!」

任務の帰路で、夕餉の時間を取れていない。
彼女は封筒を円卓に置き、躊躇しながら腰を上げた。

「本当に召し上がられますか?」
「うむ!」
「そ、そうですか。
粗末なものですが、持ってきますね」

時間を取らせないと言っておきながら、俺は彼女の手料理を食べる気でいる。
厚かましい男だと思われただろうか。
腕を組みながら悩ましげにしていると、襖が開いた。
彼女は右手に木桶を、左手に茶碗と箸を器用に持っていた。
運び慣れているのが分かった。

「薩摩芋と白米を混ぜて炊き込んだものです。
これだけしか量が残っていませんが…」

やはり、この匂いは俺の好物である薩摩芋だったようだ。
俺は瞳が輝くのを止められなかった。
柔らかそうな薩摩芋を、白米に混ぜて胡麻を振りかけてある。
円卓に小さな木桶を置いた彼女は、俺の前に腰を下ろすと、薩摩芋ご飯を茶碗によそいでくれた。
まるで、夫婦のようだと思った。
何を考えているんだ、俺は。

「いただきます!」
「どうぞ、ご遠慮なく」

律儀に両手を合わせてから茶碗と箸を手に取り、温かいご飯を口に運んだ。
む、これは!

「うまい!」

声を張り上げた俺に、彼女が目を丸くした。
その綺麗な瞳には、薩摩芋ご飯を何度も繰り返し口に運ぶ俺が映っている。

「うまい!うまい!」

一口運ぶ度に、うまいが止まらない。

「わっしょい!」

薩摩芋を食べると出てしまう口癖だった。
俺は不意に手が止まり、彼女を見つめた。
驚きの表情をしていた彼女が、初めて笑顔を見せたからだ。

「ふふ、少しだけならおかわりがありますよ」

彼女が笑っている。
どのような表情で笑うのだろうとは思っていたが、これ程まで惹きつけられるとは。
俺は箸を茶碗の上に乗せると、彼女に手を伸ばした。
そして、その頭を優しく撫でた。

「君は笑っている方がいい」

彼女は驚いた様子で俺を見つめていたが、その瞳から涙が溢れ出した。
待ってくれ、泣かせた?俺が?
ぽろぽろと頬を伝う涙を見た俺は、あからさまに動揺してしまった。
茶碗と箸を円卓に慌てて置くと、彼女の両肩に手を置こうとして躊躇した。

「ど、どうした!
俺が泣かせてしまったのだろうか?」
「いいえ、祖母が…よくそうしてくださって…」

鬼に惨殺され、亡くなった彼女の祖母。
彼女にとって、祖母はかけがえのない家族だったのだろう。

「ごめんなさい…お見苦しいところをお見せしてしまって…」
「構わない。
泣きたい時は泣けばいい」
「ありがとうございます…煉獄さん」

初めて俺の名を呼んでくれた。
俺は彼女の肩に片手を置き、ゆっくりと撫でた。
彼女は両手で顔を覆いながら、静かに涙を零した。
笑顔と涙を見せてくれた彼女が、少しは心を許してくれた気がした。



2022.1.28





page 1/1

[ backtop ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -